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そらとぶ、ゆめみる


「香波ちゃん見て見てー!あれおいしそー!」
「香波!こっちこっち!これあんたに似合うわよ!」
「…………」
「あ!おせんべいの屋台もあるよ!ほら!」
「あっちの呉服屋も中々良いの置いてンのよ」
「…………」
「ケンちゃんへのお土産も買ってかなきゃー」
「あ、日番谷隊長は気にしなくてもヘーキよ。この前浮竹隊長からお菓子もらってたし」
「…………」

私は何故ここにいるのだろう、と首を傾げざるを得ない。


今日は久々の休日だった。何をして過ごす予定もない私は、休日をむしろ必要としていないのだけれど、仕事の方が楽だなんて思いながらも日々疲労は溜まっているようで。故に私は普段から、余程のことがなければ休みは体力回復に当てることと決めていた。無論今日もそのつもりで、目が覚めた後も布団の上でぼんやり天井を見つめていたのだけれど。

「香波ー!」
「香波ちゃーん!」

強めに叩かれた扉にびくりと目を丸くして体を起こせば、返事をする前に「入るわよー」という声が響く。布団に座り込んだまま、私は呆然と彼女を見上げた。

「乱菊さん……?」
「あら?あんたにしては随分遅いお目覚めね」
「香波ちゃーん!おっはよー!」
「草鹿副隊長!?」

私の前に仁王立ちをする乱菊さんと、その後ろからひょっこり顔を出した草鹿副隊長。香波ちゃんまだ寝巻きだー、なんてけたけた笑う彼女に、乱菊さんはちょっと、と咎めるような声を出す。

「ほんとに約束してたの?やちる」
「してたよー。ねー香波ちゃん!」
「……あの、何の話でしょうか」
「ほらー!またいつもみたく勢いで押し切ったんでしょ」
「えー」

よく見れば、彼女達は一様に死覇装でなかった。それぞれが浴衣を着ていて、それでやっと二人共非番なのだということに合点がいった。問題は非番の二人が何故わざわざ朝から私の、しかも自室を訪ねてくるのかということだった。
約束、という単語に寝起きの頭をフル回転させる。私は何か草鹿副隊長と約束をしていただろうか。昨日、今日、と順に振り返っていって、そこでようやく一つの言葉を思い出した。

『今度一緒にお茶しようねー!』

十一番隊に書類を届けに行った日、そう言われていた。

「……お茶……?」

ぼそりと呟けば、そうそうそう!と勢いよく草鹿副隊長が乗り出してくる。ぴょこんと布団に隠れた私の膝の上に飛び乗って、どうだと言わんばかりに乱菊さんを振り仰いだ。つられて乱菊さんを見れば、呆れた顔で頭を掻いていた。

「なんだ、ほんとにちゃんと約束してたのね」
「あの、約束というか…今日だなんて一言も聞いて」
「ほーら!香波ちゃん早く行こー!」
「………」

ゆさゆさと揺すられては遮られた言葉を続ける気力もない。私は溜息をついて、そこを退いていただけますか、と草鹿副隊長に言った。布団から這い出すために。


そして、いつになくウキウキしている様子の二人に連れられて瀞霊廷内の繁華街にやってきたのが先刻の話だった。
死覇装ではダメだと事前に言われ「おしゃれしなさいおしゃれ!」なんて乱菊さんに引っ張られて一張羅の白い浴衣を出した。死覇装以外を着て外に出るということ自体が久しぶり過ぎて、しかもそれが普段纏う黒と正反対の色となれば尚の事いたたまれない気持ちだった。

「ほら、こっちいらっしゃい!」
「香波ちゃんおそーい!」

ああ、この感覚は先日の飲み会の時を思い出すなぁ。なんて感傷に浸る暇もない。
早く早く、なんて手を引っ張られれば、履き慣れない下駄で突っかかりそうになっても気にしている場合ではなかった。草鹿副隊長の手は子供ながらの所謂紅葉のような手のひらで、力をこめれば潰れてしまいそうな大きさで。握り返すことも出来ず、引かれるがままに私はよたよたと歩く。

「香波ちゃん今、何でここにいるんだっけとか思ってたでしょー」
「(ばれてる)」
「なぁに、あんたそんなくだらないこと考えてたの?」

少し先を歩いていた乱菊さんが振り返って足を止めた。今朝私の部屋でそうしていたように、両足をだん、と開いて腰に手を当てる。

「買い物、恋バナ、甘い物!女子の三大栄養素でしょーが」
「そーそー!」
「……その理論で行くと私は女子でないってことになりますね」
「いつまでも屁理屈言ってないの。ほら、見なさい!」

乱菊さんはびしっと指を差した。それは私と、私を引きずる草鹿副隊長よりも後ろを示していて、私はつられて背後を見やる。

「あんたよりももっと存在意義のないやつがいるでしょ!」
「うるせーよ!俺だって意味わかんねーよ!」

そうだ、この人がいたんだった。私はその眩しい頭に目を細める。
人に向かって指差すなよ!なんて至極真っ当なことを言いながら、班目三席がふん、と息を吐いた。

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