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それはとても愛に似ている


私が部屋を連れ出された時、九番隊の寮の前に一人だけ立っていたのが同じように浴衣姿の班目三席だった。通りがかる死神が一様にちらちら彼を振り向いているのは、恐らくどこをどう見てもチンピラにしか見えないその容貌のせいだったと思う。彼の姿を見せれば多分百人が百人、十一番隊所属だと当てられるのではないかと常々思っていたけれどその通りだったようだ。

「大体何で俺が…」
「えー、だってつるりんがどうしても行きたいって言ったんだよー」
「言ってねェよ!あとその呼び方ヤメロ!」
「香波が来るならあんたもさぞ来たいだろうと思って声掛けてやったんでしょーが」
「何だよそれ!意味わかんねぇよ!」
「ホントに意味が分からないですね」
「お前はそんな目で俺を見るな!」

ひとしきり反論して、班目三席は大きく息を吸った。それをふん、ともう一度憤然遣る方無いと言った様子で吐き出して口を閉じる。手持ち無沙汰なのか腰の帯に手を掛けて、そっぽを向いた。ああ、そういえばこの人は非番でも腰に斬魄刀を下げているのか。非番なのに、と思わないでもないけれど、刀を下げていない彼も想像が出来ない。

「まぁまぁ、手持ち無沙汰な一角には荷物持ちっていう素敵な存在価値があるんだから」
「結局それだろ目的は!」

全ての振りに対してきっちり大声で返しきる班目三席に最早感動すら覚える。あの元気はどこから沸いて出ていてどこに溜まっているのか。有り余っているという表現がこんなに当て嵌る人もいるんだなとぼんやり思った。

「さぁさ!行くわよ。こんなとこで時間潰すために来たわけじゃないんだから」
「そうだよー。行こ!香波ちゃん」
「え、あ、はい」

再び手を引かれて、私はつんのめるように歩き始める。ちらりと後ろを見ると、むすっとした班目三席が立ち止まったままだ。本当にこの人は一体何をしに来たのだろう。帰りたいならば帰れば良いし、来たいなら来れば良いのに。草鹿副隊長につられて小股で歩を進めながら、私は手を伸ばした。

「班目三席も。行きましょう」

驚いたように彼は目を開いた。ほら、と促せば腑に落ちないような顔をしながらも足を動かし始める。

「そんなところで止まっていると通行の邪魔ですよ」
「そっちかよ!」

あ、また額に青筋が浮いた。下を向いてパァン、と膝を叩いた彼に、私は小さく元気だなぁと呟く。あんなに青筋ばかり浮かべていたらそのうち血管が切れるのではないかしら。言えば尚そうなるだろうから言わないけれど。
中途半端に後ろを振り向きながら歩いていた私は、足元を見ていなかった。更に言えば、草鹿副隊長に手を引かれていたため妙な体勢を取っていた。

「あ」

考えてみれば当然の話だ。そもそもここへ至るまでにも幾度も躓いていたのだし、流魂街より整備されているとはいえ瀞霊廷内の道にも小石くらい転がっている。ここで転ばないという方がおかしい。
かくん、と膝が曲がった時には遅かった。進行方向に向かっていとも簡単に傾いだ私の体は、あっという間に地面に近づく。
咄嗟に草鹿副隊長の手を振り払った。大の大人がこんなところですっ転ぶなんて恥ずかしいことこの上ないけれど、そうなってしまったものは仕方がない。とりあえず最小限の被害に収めなければと手をつこうとして、私は大きく瞬く。

「……はしゃぎすぎだろ」

結論から言えば、私の両手は地面に届かなかった。ひょい、と持ち上げられた私を、数歩離れたところで草鹿副隊長がきょとんと見ている。両足も地を離れてふわふわとしていて、代わりに全体重が腹部にかかっていた。正確には、腹部に回された彼の腕に。
呆れたように呟いた班目三席を見上げれば、すぐに目線を逸らされてしまった。ぶん、と投げるような勢いで私の体を縦にして、その勢いとは裏腹にそっと地面に下ろされる。ぱちぱちと何度か瞬きをしてから、私は自分の身なりを確認した。転んでいないのだから勿論浴衣は汚れていない。

「……そんなふうに見えましたか」
「見えるに決まってんだろ。何だよそのナリ」
「私服これしか持っていないのに、乱菊さんが死覇装着るなって言うので」
「そっちじゃねェよ、そのツッカケの方だろ」
「あの、これ下駄って言うんですよ……?」
「んなこたァ知ってンだよ!なんだその憐れむような目!」
「だってツッカケなんて言うから」

パタパタと意味もなく裾を払って、私はありがとうございます、と頭を下げた。数日前と同じく、返答はなかった。その代わりなのか、世話のかかる奴、とぼそり呟いた彼に、私は首を傾げた。

「どうもすみません?」
「何で疑問形だよ。そこはちゃんと謝れよ」
「はぁ」
「いいから前向け。またコケるぞ」

ホラ、と背中を叩かれれば、勢い余ってそのまま二、三歩進んでしまった。香波ちゃんだいじょうぶ?と草鹿副隊長が言ってくれたので、小さく頷いて返す。その後ろを、班目三席が憮然としながらついてきた。

『香波サンはよく転ぶッスねェ』
『すみません』
『いえいえ。ホラ、ちゃんと前向いてください』

また転んじゃいますよ、と笑った彼の声が唐突に蘇った。既視感に心臓が鳴るのを、握り潰すように私は目を伏せる。百年の時を経ても、あの人の記憶は突然蘇ってはこうして私を揺さぶるのだ。忘れかけたその声が頭に響く度に、私はどうしようもなく切なくなる。それだけの時間が経ってもまだ、消えない。

「―――どうした?」

後ろを歩いていた班目三席が気がつくと隣にいて、私はぱっと顔を上げた。草鹿副隊長が手を引く方とは反対側に、並ぶようにして歩いている。訝しげに顰められた眉を見て、足の裏の地面の感覚が戻ってきた。いえ、と小さく首を振って、私は苦笑した。

「昔同じようなことを言われたなぁと思って」

今も尚そんな風に動揺する自分に自嘲しか出ない。馬鹿馬鹿しいと思いながらそれでも手放せない自分を、あの人は笑うだろうか。

「ちょっと!あんたたち遅いわよ!」
「乱菊さん。すみません」
「あー!そういえば何で香波ちゃん乱菊さんのこと名前で呼んでるの?」
「何というか、成り行きで」
「あたしのことも名前で呼んでよー」
「え」
「やちるって呼んで!呼ばないと返事しない!」
「(皆そう言うな……)」
「いーじゃない、呼んであげたら?」
「あー……。…やちる、ちゃん?」
「わぁーい!香波ちゃんダイスキ!」
「!」

ああ、違うな。きっと彼はそんなことを、笑ったりしないのだろう。優しい人だったから。目を細めて、へらりと浮かべた笑顔を今でも覚えているから。
私は抱きついてきたやちるちゃんを抱えて、その温もりに眉を下げた。少し先で、乱菊さんが嬉しそうに笑うのが見えた。


「ついでに一角も名前で呼んだら?」
「ハァ!?」
「いえ、班目三席はまた話が」
「非番の日くらい席次で呼ぶのやめましょーよ。疲れるー」
「つるりんだけ仲間はずれだと泣いちゃうよ?」
「泣かねェよ!」
「じゃあ班目三席を少し省略して、…班目さん」
「(解せねェ……!)」


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