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デジャヴのように鮮烈な


「おう、どうだった?」

ただいま戻りました、と扉を開けてすぐに返ってきたのは副隊長の声だった。私が執務室を出る前には未だ残っていた書類も今は全て片付けられており、終業も間近の今、他の席官達も気が抜けているのか伸びをしたり談笑をしたりと柔らかな時間が流れている。湯呑片手に机の向こう側から私を見つけた彼は、その細い目に人好きのする笑みを浮かべていた。

「書類はそれぞれ班目三席、阿散井副隊長、吉良副隊長の三名にお渡しして参りました」
「そうか、ご苦労さん。話はできたか?」
「はい。……皆さん一様に気にするなと」
「まぁそうだろうな」

乱菊さんがそうしていたように、けらけらと檜佐木副隊長も笑った。私は小さく首を竦めて、副隊長の机の前に立つ。

「……班目三席が、」
「ん?」
「次は鍛えてから来い、と」

一瞬きょとんと目を開いて、副隊長は更に吹き出した。笑い声の合間に、ほらな、と諭すような一言が入る。そのとおりだと返すのも癪で、私は口を結んだ。理解ができないのは変わらなかった。

「じゃあ今日からちょっとずつ酒慣れしていかねーとな」
「私はお茶で構わないんですが」
「ただでさえ冷静な桜木谷が一人素面で飲み会にいるとかただのホラーだろ」
「(辛辣……)」
「誘ってくれれば俺も付き合うし、乱菊さんとかも喜ぶだろうよ、きっと」
「……意味が分かりません」
「まぁとりあえずそれでいんじゃねェか」

副隊長が適当にひらひらと手を振る。自然むすっと顎に力が入った。理解できないことを責められず馬鹿にされもしない代わり、そう言われてしまうのも少し悔しかった。私は憮然としながら、もう残りの仕事は何もないかと自分の机へ移動しようと踵を返す。けれどもほぼ同時に、でも、と副隊長が呟いたので足を止めた。

「恋次は暫く無理かもな」

真剣な声音でそう言った彼を振り向くと、難しそうに眉を寄せて顎に手をやっていた。その表情に、先刻会ったばかりの阿散井副隊長を思い出した。同じように難しそうな表情を浮かべて、けれど私が首を傾げればそれを誤魔化すよう笑ってみせた。それが尚複雑な心持ちにさせて、居た堪れなかった。そして。

「……何かあったんですか」
「十三番隊の朽木を知ってるか」

そして、扉が閉まる寸前見えた、無表情の朽木隊長。

「朽木隊長の妹君ということなら」
「どんな奴かは?」
「直接お話したことはほとんどないので」

そうだよな、と檜佐木副隊長は頷いて視線を逸らした。その仕草からはあまり良い想像が出来ず、私は身を固くする。
朽木ルキアというその名を聞いたことのない人間は、恐らくほとんどいないはずだ。六番隊を率いる朽木隊長の妹君。小柄で華奢な体つきだが、その凛とした目がどこか朽木隊長に似ていた。ただ、九番隊と十三番隊は隊舎が近くない。廊下で偶然合う、というようなこともなく、最後に会ったのはいつだったか、という程度の認識で。

「その朽木さんが、どうかしましたか」

嫌な予感を抱えながら、私は小さな声で尋ねた。談笑に溢れた部屋の中で消えそうなほど小さなそれを、檜佐木副隊長はちゃんと拾って答えてくれた。

「……現世での任務中、行方不明になったらしい」

ゆくえふめい。確認するように口の中で反芻すると、彼は頷いて少しだけ目を伏せる。

「生死含め原因等は現在調査中だが、」

生死、という単語に無意識に肩が震えた。それが例え会ったことのない者であっても、それを疑わなければならない状態にあるというのは辛かった。本人のことを思う以上に、周囲のことを思えばとりわけ息苦しくなる。
そこで区切るように言葉を止めた副隊長は、あー、と濁すように無意味な音を紡いだ。がしがしと頭を掻き、小さく息をつく。私はそれをじっと見つめながら次の言葉を待っていた。

「……朽木ルキアは恋次の、幼馴染なんだ」

家族同然だったって、昔聞いたことがある。
そう付け足して、檜佐木副隊長は苦笑した。

「まぁ、そんなだから。恋次は暫く声かけらんねェな」

『……キアが……』
『……四十六室から……』

六番隊の執務室の前に立った時聞こえてきた声が耳に蘇る。内容よりも影を落としたその重苦しい声音。密やかな霊圧。あの時の会話はこれだったのか。得心がいって、私は小さく「そうですね」と返した。そうしてそのまま、向かうはずだった自分の机へ足を動かした。

『朽木ルキアは恋次の、幼馴染なんだ』

席について静かに腰を下ろすと、自然と小さな溜息が出た。細く息を吐き出すと、無意識に震えていた腕に気がつく。右手でしっかり左手を掴んで、押さえ込もうともう一度深呼吸した。

小さな違和感がある。

何となく引っかかっているそれが、今聞いたこと以上に悪いことのように思えて怖かった。死神が一人行方不明になる、というのは頻度は高くないがままあることだ。そしてそれはほとんど、その死神の死によってもたらされる物の場合が多い。故にこの場合、最悪の可能性について考えない者などいないだろう。けれど、本当にそれだけだろうか。

『緊急招集!緊急招集!』

大昔の警報が頭に響いて、眉を顰めた。そんなはずはない。なのに正体のわからない違和感は這い出すように脳の奥から侵食してくる。

『大丈夫、すぐ戻ってきます』

ぽん、と肩に置かれた手のひら。滲んだ汗と、私を安心させるように笑ってみせたその顔。
―――ああ、どうか。

「……隊長…………」

私は掴んだ腕に力を込める。

どうか、朽木さんが無事でありますように。

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