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長い長い、永遠のお別れ


夕暮れの道を、二人で歩いていた。
小さな任務の帰り道だった。流魂街の外れは静かで、夕暮れに赤く染まり始めた空を彼のほんの少し後ろから眺めていた。

私は彼の背を見ているのが好きだった。ふわふわの優しい色の髪が揺れるのも、白地に十二の文字がはためくのも。この人の下に居られるのだという事実が実感できて、誇らしかったし嬉しかった。

「香波サン?」

視線に気がついたのか、何も喋らない私を気にしたのか、前を歩く彼が足を止めて振り向いた。私は少し遅れて足を止めてから、何となく気恥ずかしくて、けれどもそれが知られないように顔に力を入れながら彼を見上げた。

「ボクの背中、何かついてます?」
「何でですか?」
「いえ。気のせいだったらいいんスけど、何だか視線を感じたので」
「…………」

鈍そうな彼が頭を掻きながら言ったので、私は何も言わずに目を逸らした。そういえば彼は二番隊だったのだ、そういう五感でない感覚だって鋭くて当然だった。普段そんな風に見えないから、ついつい忘れてしまうことが多いけれども。
否定する言葉が思いつかないまま、私は逡巡して口を開いた。何か言おうと思ったけれど、言葉が出てこずに開いたり閉じたりを繰り返す。そうして暫く閉じてから、再び小さく口を開いた。

「…私、浦原隊長の背中を見ているのが好きなんです」

結局、何の言い訳も思いつかずに出てきた言葉は正直な気持ちだった。彼はきょとんとしてから、にこにこと笑った。

「それは光栄ッスね」

何だか照れ臭くて、私は死覇装の袴を握った。彼は笑いながら、再び前に向き直って歩き始めた。その後ろをまたほんの少し離れて、私は追いかける。

「ボクはまたてっきり蜻蛉でも止まっているのかと思いました」
「…何ですか、それ」
「いやあ、でもそんな風にストレートに言われると照れるッスね」

ははは、と少しも照れていなさそうな口調で笑いながら、彼は歩を進めていく。私は何とも言えない気分でその背を追いかけて、後ろを歩く。

「でも、」

彼は歩きながらこちらを振り返った。斜陽が色素の薄い彼の髪を赤く染めていた。その柔らかい視線と目が合った瞬間、心臓が跳ねたような気がした。彼の目はどこまでも優しかったけれど、とても強い光を持っているようだった。

「ボクは香波サンに後ろを歩いてもらうより、香波サンの隣を歩きたいッス」

その言葉が、どういう意味を持っていたのかなんて知らない。答えに迷った私が困って彼を見上げると、彼は再び目を細めて笑った。とても優しい表情だった。そうして、話を変えるように視線を道端に移した。

「あ。見てください、香波サン」

再び心臓が跳ねた。先程のそれとは違いとても嫌な予感のする音だった。体中が緊張して強張る。なのに私の体は、勝手にまた彼の少し後ろで歩みを止めてその示す方向を向いた。彼の視線の先には、彼岸花によく似た花が一輪だけ揺れていた。

唐突に、夢だ、という声が頭の中で響いた。

これはいつもの夢だ。何度も何度も繰り返し見た、百年前の夢。私の思い出を元にしているこの世界は、何度見ても色褪せない代わりに目覚めと同時に絶望を落としていくことを知っている。

彼は私に姫彼岸花の話をする。それに数え切れない程返してきた言葉と一言一句同じ相槌を打ちながら、私はその花を眺めている。胸に湧き上がる切ない痛みと夢であると気づいてしまった絶望感が交差して、私は歯噛みした。けれども、夢の中の私は幸せそうな表情で笑う。

世界には私達二人しかいないような気がした。目の前のこの人を、守りたいと思った。その為になら死んでも構わなかった。本当に、そう思っていたのに。

笑っていた彼が困ったようにすっと手を上げた。それが私の頭に着地するのを、呆然と見ていた。だめ、と声を上げたいのに、声が出ない。彼は私の目線に合わせるように少し身を屈めていた。

「すぐ戻ります」

その言葉と同時に、彼の体がすっと離れていった。反射的に伸ばした指の先で、彼の体は霧のように消えた。行かないで、と叫びたかったけれど声が出なかった。大きく開けたままの私の唇から嗚咽が漏れる。浦原隊長、と呼んだ声は音にならなかった。彼は行ってしまう。もう戻らない。

両手で顔を覆って蹲った私の肩に、不意に暖かなものが触れた。それは泣く私の頭を引き寄せ、胸元に押し当てる。仄かに煙草の香りがして、私は大きく瞬いた。ぽたりぽたりと垂れた雫が、視界に広がった草色に濃い染みを作った。

「香波サン」

それは先程の彼の声よりももう少し低い、静かな声だった。もう一度瞬くと、額に触れる彼の温もりと同時に一層煙草の香りが濃くなった。

「喜助、と」

右手にふわりと暖かな霊圧が触れて、私は目を開いた。

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