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あの空の果て


どれくらいそうしていたのか分からない。
右手のひらに触れる霊圧と、肩口で香るあの花と、そのすぐ横に倒れ伏した平子隊長の荒い息だけを感じていた。眠気に負けて閉じようとする瞼を開けているので精一杯だった。あんなに嫌いだった青空なのに、今は見えていないと不安になる。

―――戦局は、

どうなったのだろう。藍染は。黒崎くんは、どうなったのか。
どこで戦っているのか、辺りではもう何の音もしなかった。もしかしたら本物の空座町の方へ移動しているのかもしれない。藍染の目的地はそこなのだから、当然といえば当然だった。

―――もう、目が。

掻き消えそうな意識を繋いで必死に思考する。もう視界は殆ど白みがかっていて、外側から段々と暗くなっていた。見える範囲がそもそも狭いのに、焦点が合わず何が見えているのかも分からない。

彼の声が聞きたかった。
あのいつもの緊張が解けるような、柔らかい声で名前を呼んでほしい。
この際幻聴でも構わないと思うのに、そういう時に限ってそれは聞こえないのだ。

―――怪我、してないかな。

彼の無事は杜鵑草が右手越しに伝えてくれている。彼女は同じように私の無事も伝えてくれているだろう。けれども姿が見えない以上不安は残る。

―――会いたい。

そういえば、ドタバタと現世から連れ戻されて以来だった。最後に会ったのはあの日、浦原商店で話をしたときだ。畳の香りと蝉の声が蘇って、私は薄く目を閉じた。
彼の姿を見たい。名前を呼んでほしい。

―――香波って、よんで。

「―――桜木谷!!」

耳元で大声で呼ばれて、閉じかけていた目がぱちりと開いた。
瞬きをすると多少ましになった視界に眩しいものが映る。照り返す光に見開いた目を反射的に細めると、その光がもう一度私の名前を呼んだ。更に何度か瞬きをして光に目が慣れてくると、その光の真ん中でさっきの黒崎くんのような顔をした班目さんが私を見下ろしていた。
ああ、頭が綺麗になったから元気になったのか。ぼんやりと考えながら、私は彼を見上げる。

「オイ四番隊!!こっちだ!!」
「ハッ…ハイ!!」

彼は少し高い位置で振り向いて誰かを呼んだ。その誰かはすぐにやってきて、班目さんの横に膝をついたようだった。顔がよく見えないけれど声を聞いても誰だかわからなかったので、恐らく知らない人なのだと思う。その人はさっとその場に結界を張って、私の顔を覗き込んだ。

「桜木谷四席」
「……はい」
「良かった、意識はありますね」

掠れた声で返事をすると、彼はほっとしたように笑って「治療に取り掛かります」と宣言した。私の傷の上に翳された手のひらから、すぐに温かい霊圧が流れ込んでくる。彼は隣の斑目さんに何か言っているようだったが、小声だったせいか何と言っていたのかは聞こえなかった。
班目さんは二、三頷いて、私の顔を再び覗き込んだ。

「桜木谷」
「……、はい」
「コイツが傷はちゃんと全部治せるっつってる」
「……はい」
「黒崎が藍染の封印に成功したって報告が来た」
「!」
「浦原隊長も、一緒だってよ」
「………」
「だからもう、大丈夫だ」

言い聞かせるようにゆっくりと喋る班目さんの声を聞きながら、私は指先から力が抜けていくのを感じていた。それは藍染に斬られた際の霊圧ごと生きる力が抜けていくような、そんな絶望的なものとはまた違う、張り詰めていた糸が緩むような、柔らかな心地だった。

「……よかった、」

眉が下がった。彼の言葉は、絶対に嘘のないと思えるものだった。ふっと口から零れた安堵の言葉が自分の耳に届くか届かないかのところで、私の糸は一度切れた。すとんとどこかに落ちるような、柔らかな感触だった。


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