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ふたりで


―――空が、青い。

暫くの間、そうして空を見上げていた。上空には既に黒崎くんの姿も藍染の姿も見えない。ただ剣戟だけが遠くで聞こえている。
ぼやけた視界に映るのは、周囲に立ち並ぶ背の高い建物の灰色と、その更に向こう側に見える青だけだった。雲があるのかどうかなんてそこまで細かい部分はもう見えない。けれども溶けるように遠いその色が、何故だか愛おしかった。空を見てそんな風に思うことなんて、きっと初めてだったと思う。

「……っ」

耳元で荒い息を繰り返していた平子隊長が、ぐっと体に力を込めるのが分かった。私の頭の下には彼の左腕が敷かれている。それが不意に強ばったので、頭を持ち上げようと思ったのだけれど首どころか指先一つすら動かすことができなかった。
彼は私の頭を抱いたまま、左肘を地面について上半身を起こした。そうして、私の血に濡れたぐしょぐしょの死覇装の袂に触れる。至近距離でいつもよりも不機嫌そうな瞳と視線が合った。

「……、これ、か」

左右の袂をそれぞれごそごそとまさぐって、彼は何か見つけ出したのかちぎれそうな右腕を引っ張り上げる。何、と訊ねようとする前に、小瓶が視界に入った。左手近くまで持ち上げて蓋をひねると、少し間があったけれど割とすぐにそれは動いた。

「よ、く、覚えてました、ね」
「…見つからんかったら、脱がしてでも探すつもりやったわ」

途切れ途切れに聞くと、冗談とも本気ともつかない声音で彼が言った。私はその目を睨む様に細める。入れていたのが胸元でなく袂で本当に良かったと思う。
彼は左手に瓶を転がして出てきた粒を、指先で摘まみ上げた。白い錠剤が赤く染まっている。飲めるか、と訊ねられて、私は薄く唇を開けた。隙間に押し込むようにして入ってきた錠剤を、口の中に溜まっていた血と共に嚥下する。塊が喉を落ちるような感覚があって、ほんの少しだけ体温が上がった気がした。

「…もう1こ、いっとくか」
「………」
「飲みにくかったら、口移ししてやってもええで」

反論しようと口を開くと、もう一粒薬が押し込まれて慌てて飲み込む。冗談や、と付け足された言葉にもう一度反論する気力はなかった。

薬の即効性は絶大のようだった。すぐに体内で霊力が生成されていくような感覚があって、末端から冷えていた体に中心から少しずつ体温が戻っていく。何より、呼吸が少しだけ楽になったことが大きかった。けれどもまだ回道を使うには到底足りない。自分で自分を治療することには慣れていたけれど、すぐには難しそうだった。

温度のない右手には、変わらず暖かな霊圧が触れている。自分の霊圧があまりに下がったせいか、周りの霊圧はもう殆ど感じなかった。黒崎くんの霊圧も藍染の霊圧も感じない。こんなにすぐ傍にいる平子隊長の霊圧すら微かだ。だから今の私の感じられるほぼ唯一の霊圧がそれだった。もっと確かに感じたくて手の中に握りこんでしまいたかったけれど、指先が動かなかった。

―――彼はきっと戦っている。今も、藍染と。

黒崎くんはその場にいるだろうか。彼を一人で戦わせないでほしい。傍に居てあげてほしい。そう思う反面、今も共に戦っているだろう黒崎くんが羨ましかった。私にも力があったら良かったのにと思わずにはいられない。けれども、そんなことを言ったところでどうにもならないのだから仕方がない。

―――私は、傍にいられないから。

共に戦うことが出来ない自分を呪うけれど、それでも今の自分にも出来ることがあるのだと信じたい。杜鵑草、と心内で呼びかけて、私は目を細める。

『―――この百年間、ボクがたった一つ望んだのが貴方の生だと言ったら、笑いますか』

あの言葉が、どこまで本当だったかなんて分からない。藍染が言った言葉だって、真実だとは限らない。だけどもし、私が生きていることが彼の力になるなら。

祈るような気持ちで、私は息をする。自分が生きることを望むというのは百年前と同じだったけれど、それが誰かの為だというだけで、誰かがそれを望んでくれるのだというだけで、こんなにも気持ちが変わるのか、と思った。
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