お気に入りに色づく

妻は今日も美しい。見初めたときから身に纏う淡い紫は気品があって、妻の繊細な輪郭を際立たせていた。けして派手な色ではないのに、目を引くその姿は一等美しかった。自分にはとても着こなせない色だ。自分のファッションにだってそれなりに拘りを持っているが、それとはまた別の話。翻るドレスの裾が、揺れる髪が、軽やかな音をたてる踵が、今日もとても美しい。とても、似合っている。

「ナマエ、今日の予定は把握しているな?」
「…ママのところでパーティーですよね。顔合わせの」
「ああ。ママやおれに恥をかかせるようなことだけはしてくれるなよ。ペロリン♪」
「…はい」

もちろん、これまでにナマエが粗相をしたことなど一度もない。それでも行動を諫めるような口ぶりになってしまうのは、パーティーにやってくる男たちの目についてほしくないからだ。了承の返事に頷き、妻の部屋を出る。ナマエは立場を弁えている女だった。まだ海賊の妻という立場に慣れないのか、それとも自分に怯えているのか、返事はいつもはい、だった。囲うような真似をした覚えはあるのであまり強いことは言えない。凛とした佇まいだけでなく、家族を大事にしているところにもひどく心を惹かれたから、妹たちを出すことはないと分かっていた。思惑通りに嫁いできた彼女は、初めて見たあの瞬間から今まで、変わりなく美しい。表情の曇りがちなところだけ、少し気にかけているけれど、それはきっと自分が触れたら拗れるだろうからとそのままにしていた。代わりに、ナマエに似合うような服や靴、装飾品で彼女の部屋のクローゼットを満たすよう使用人に指示をした。使用人たちの見立ては悪くなく、いつでも上品な菫色を視界に入れることができた。

「ペロスペロー様!」
「ん?」

不意に使用人に呼び止められ、パーティーの変更点について告げられる。些細ではあるが準備は万全にしておきたい性分だ。使用人たちにも2,3の動きの変更を指示して、念のためナマエに伝えておこうと思い来た道を引き返した。彼女が自分やママの機嫌を損ねることなんて万に一つも有りはしないが────────こんなことでもないと、おれはナマエと話せない。扉に手を掛ける前、部屋の中からカツリと靴音がした。普段より重い音だったが、そんなに気に留めず部屋へ入った。

「ああナマエ、それと────────ん?」
「あ…ペロスペロー様、どうかされましたか」
「…なんだその靴は」

伝達事項も忘れて、顔を顰める。声にも不満が滲んだ。ナマエが履いていたのは、とても彼女には似つかわしくない、毒々しい赤色のハイヒールだった。嫌いな色ではないはずなのに、彼女が身に着けると地にでも落ちたかのような下品な印象の色だった。

「みっともない」
「あ」

ああ、みっともない、どうしようもなくみっともない色だ。誰がこんな色のものをナマエのクローゼットに?彼女の美しさの種類を理解していないにもほどがある。今すぐ窓から放り出してやりたいくらいだ、その靴も、その靴を選んだ人間も。彼女が一拍置いて、笑い出した。

「あはは、クローゼットの奥で見つけてしまったもので。ふふ、こんなに似合わないなんて、ふふふ」
「…パーティーにはいつものような色で参加しろよ。ペロリン♪」
「もちろんです、ふふ」

何がツボに入ったのか顔を覆って笑い続けている。本人にだって分かっているようなので、それならいいと部屋を出た。ああまったく、色ひとつで気分が悪くなるなんてとんでもないことだな。それだけ彼女が美しいという話なのだけれど、それにしたって。胸のむかつきが治まらず、なぜか彼女を穢されたような気分になった。パーティーまではまだ随分と時間があるし、今日は他の仕事もない。今すぐ新しい靴を見繕ってやろうか。そうだそうしよう、ついでにドレスも装飾品も丸ごと新調してしまおう。繊細で丁寧な飴細工のような…いやいっそ、自分が本当に飴細工で作ってしまおうか?色はもちろん彼女に一番似合う上品な菫色だ。












「義姉さん、今日もすごく素敵だな」
「あ…ありがとうございます…ペロスペロー様が選んでくださった、の、で…」
「ああ、そうなのか。よく似合っていると思った」
「あ…はは、ありがとうございます…」
「兄さんは本当にその色が好きね」
「いや、この色が似合う義姉さんが好きなんだろ」
「はは、間違いない」
「…………………は、」



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