彼女に下品な色は似合わない

視線を落とせば、鈍い菫色のドレスと、同じ色の靴。わたしは昔からこればかり。本当は近所の女の子みたいに、妹たちみたいに、社交場で会う女の人みたいに、鮮やかで目を引く色を身に着けたかった。少し大人になって、それが自分には似合わない色だって理解しても。目鼻立ちも性格もはっきりしている方ではないわたしには、印象の強い色は似合わない。母さんたちはよくわかっていた。わたしにだって分かった。わたしには地味で鈍い菫色がお似合いなのだ。

「ナマエ、今日の予定は把握しているな?」
「…ママのところでパーティーですよね。顔合わせの」
「ああ。ママやおれに恥をかかせるようなことだけはしてくれるなよ。ペロリン♪」
「…はい」

嫁いだ先は海賊だった。妹たちのことは愛しているし、怯えていたあの子たちを差し出す理由なんかなくて、だからわたしは自分が結婚することを了承した。向こうからすれば姉妹の誰でも良かったんだろうから、特に何も言われることはなく。だけどここは鮮やかすぎる。夫になった人も。色鮮やかで、誰が見ても分かるような、はっきりとしたひと。夫のそばにいると、地味な色を纏ったわたしはぼやけて、薄れて、誰にも認知されなくなってしまいそうだ。いや、きっと認知されていないのだろう。ビッグ・マムの長男の嫁だというのにね。きっと夫からすれば、わたしが妻であるという事実が恥であるに違いない。わたしはいつも黙って夫の後ろに居るだけ。たまに夫に挨拶に来た人に微笑んで会釈をするけど、それさえ必要とされているのか分からない。

「…準備を、しなきゃ」

それでもわたしは一緒に参加しなければならない。長男の妻だからというのもあるけれど、それ以上に夫に…愛想を尽かされたくないから。人は自分の持っていないものに憧れる。ペロスペロー様がわたしに憧れる部分なんかはないだろうけど。わたしは彼の華々しい容姿や、語り方や、振る舞いが好きで。憧れで、だから──────釣り合う人間になりたくて。

「準備…」

クローゼットの奥、ふと目に着いた真っ赤なハイヒール。毒々しいほどに目を引くそれに、そっと足を入れる。ここの使用人が選んだ服しか入っていないクローゼットだから、きっと色んな種類の服を入れていたんだろう。姿見の前に立つ。足元だけ妙にくっきりとしている。ああ、綺麗な色。きっと、こんな色が似合うひとが、ペロスペロー様の隣に相応しい人なんだろうな。こんな靴を履きこなせる女性に、なれたら。

「ああナマエ、それと──────ん?」
「あ…ペロスペロー様、どうかされましたか」
「…なんだその靴は」

不意に戻って来た夫が、話の途中で顔を顰める。視線の先には、わたしの、足が。

「みっともない」
「あ」

さくりと、何かが刺さった。なぜか笑いが出てきた。どうにも、どうしようもなく笑えて。

「あはは、クローゼットの奥で見つけてしまったもので。ふふ、こんなに似合わないなんて、ふふふ」
「…パーティーにはいつものような色で参加しろよ。ペロリン♪」
「もちろんです、ふふ」

もちろんだ。こんな姿晒せるわけがない。裾を翻し去っていく背中が滲み、消えるころには笑い声には嗚咽が混じった。履いて行けるわけがない。こんなにも似合わないのに。それに、クローゼットから姿見まで歩いただけで、踵が少し赤くなっていた。みっともないだなんて、好きなひとに言われる言葉でこんなにひどいものが他にあるだろうか?ないな、少なくともわたしは知らない。ああ、わたしは一生あのひとに相応しい女などにはなれないんだ。釣り合いたいだなんて烏滸がましすぎる夢だったんだ、なんて、ああ、分かりきったことだったのにね。

「ふふ…ひぐっ、ふ…っ。さよ、なら、っぐ」

まだ新品できれいだったけれど、ハイヒールはくずかごに放り込んだ。どうせ一生似合うようにはならないし、もう二度と足は通さない。あんな言葉二度と聞けない。耐えられないから。赤い口紅も捨てよう。煌びやかなアクセサリーも。くだらない未練は全部捨ててしまえ。わたしでも愛してもらえるかもしれないなんてくだらない未練は、全部、くずかごの中へ。
わたしちゃんと、菫色のドレスを着て生きていくわ。



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