メロ・メロドラマ

聞いてしまった。わたしの夫であるモンドール様には、わたしと結婚する前、ひどく執心している御仁がいたらしい。それはそれは深い想いっぷりで、使用人たちにまで知られていたのだと。

「おっしゃってくだされば良かったのに」
「あァ?」

わたしとは目も合わせてくれないような有様なのでなにかご機嫌を損ねたのだろうかいや覚えがないなと常日頃から思っていたのだが、なんのことはない無理矢理の結婚で想い人から引き離されたからだったらしい。結婚してもう三月が過ぎようとしているが、まだ態度が変わらないということは未だ気持ちがその人にあるということなのだろう。それならそうと言ってくださればいいのに。わたしだって自分で決めた結婚ではないのだし、別にモンドール様と夫婦になったことに不満はないが「わたしだけを見てよお!」なんて言うつもりも全くない。想い人くらいそりゃいるだろうと思う。むしろ人間らしくて安心する。これまで何にも言わずにただしかめっ面をしているから、今日もご機嫌取りにお菓子を焼いてしまった。もっと早く知れていれば、仏頂面の口にただただ放り込まれていく可哀想なお菓子を減らせたのに。

「…何の話だ」
「モンドール様の想い人の話です、今朝メイドが話しているのを聞きまして」
「…なんだって?おい、どいつだそんな話をしてたのは」
「いいじゃないですか、世間話くらい。わたしも偶然耳に入ってしまっただけで、誰が悪いってこともないでしょう。わたしはもっと早く聞かせてほしかったくらいです」
「だってお前…それは…」
「わたしは何とも思いませんから。いっそわたしにお話になってもいいんですよ、聞いてみたい」
「は、冗談だろ!」

そんなに?思いのほか強い拒否を受けてしまい、わたしは口をつぐむしかなかった。夫と呼ぶにはあまりにも他人なのだから、色恋話も面白がる程度で済むのに。夫婦となった以上子を為す義務があるとはいえ、そういう作業は別に愛がなくてもできる。あるならあったほうがいいというだけの話だ。もっとも、モンドール様はそもそもわたしに指一本触れようとしてこないのだけど。愛がなければそういったことはしないタイプなんだろうか。なんとなく分からないでもないが、子どもが出来なくて責められるのはわたしなのでおいおいはそういうことも視野に入れてほしいものである。

「…すみません。お菓子を焼いたのですが、召し上がられますか」
「…おう。そこに置いててくれ」
「はい」

よほど触れてほしくなかったのか、いつにもまして話しかけるなオーラが強烈である。気さくに話せる理解者を演出しようとしたが逆効果だったみたいだ。ま、人生っていうのはこんなもんだ。しかし妻から想い人の話を振られるのはそんなに嫌か。まあそうかもしれないな、彼にとってはわたしと夫婦でいることも仕事みたいなものだし、妻以外に好きな人がいるなんて職務怠慢みたいな話なのかもしれない。つくづく真面目な人なのだ。さて、どうしようかな、せっかく歩み寄りの切欠を見つけたと思ったのに。あんな人がそんなに執心するのはどんな人なのかも気になったし。けれどあそこまで露骨に拒否されて食い下がるほど嫌な女じゃないので、この話は大人しく仕舞っておくことになるだろう。

「まあ、女兄弟もいらっしゃれば誰かしらお話しする相手は見つかるんだろうな」
「…おい」
「な!?…あ、あぁ、モンドール様…驚いてすみません…ああ、お皿を持ってきてくださったんですね、ありがとうございます」
「ああ…言っとくが、兄弟なんかに話せるわけないだろ」
「あ…そうですか?ストレス溜まりませんか?」
「誰かに話す方がよっぽどストレスになるだろうが」
「そうですか…」

本当に真面目なんだな。それとも誰かに盗られたくないとか?あとは、なにかコンプレックスがあるとかかな。身分のある人というのは大変だなあ。

「妻に惚れてるだなんて話恥ずかしくて言えるか…」

ああそう奥様に……………ほう?



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