鏡よ鏡よ鏡さん

「見てよこの顔、可哀想でしょう!」
「ええ、とてもむごい傷だわ。でも、そんな傷じゃ打ち消すには至らないほど貴女はキレイよ。女性的な輪郭も、高い鼻も、優しい瞳もとっても素敵!」

殺そうと思って前口上を言ったとき、彼女は臆面もなくそう返した。ママの機嫌を損ねた商社の社長である父親に似てよく回る舌だと思ったが、死に際にペラペラとそんなごますりが出来る度胸に関心して、彼女を鏡の世界に置いておくことにした。生き汚いのは良いことだと思ったし、嘘であっても一目でそんな返しをしてくれたことが嬉しかったのかもしれない。とにかく、役に立ちそうだと思って生かしておいた。彼女は親の仇相手でも平然と食事を受け取り、お喋りに興じ、鏡たちの管理をした。初めの内こそ打算があるのだろうと警戒していたが特に復讐を企てるでもなく、集めるよう指示した情報を鏡越しに集めている。まあ、私を殺したらこの世界から出られなくなるし正しい考えなのだけど。

「ナマエって、変よね」
「そうかしら」
「それに嘘吐きだわ」
「あら、わたしがいつ貴女に嘘を言ったというの?わたし本当のことしか言ったことないわ」
「それも嘘じゃない」
「ま、失礼な」

今日も今日とて、私の運んできた紅茶を啜り、お菓子に舌鼓を打つ。鏡から覗いた他人のプライベートを面白おかしく脚色しては笑っている。お喋り上手は父親似だ。

「私、あんたの父親の仇よ?分かってる?」
「分かってるわよ。恨みを買うような仕事をしたあの人が悪いの、そういう商売よ」
「冷たいわね、家族なのに」
「そう教え育てたのは父本人だからきっと本望よ」

そういうものか。自分は海賊としてしか育っていないし、兄弟にも恵まれているからナマエの気持ちは少しも分からない。薄情だと思う。でもナマエは、これはそういう愛情なのと笑って紅茶を啜った。それも嘘だったらどうしようかと思う自分がいる。復讐心を潜めて笑っているんだったらどうしようと。どうしよう、とはなんだろうか。そうだったら私は困るのかしら。何に。

「あんたが嘘を吐くのをやめたら、ここから出してあげてもいいわ」
「あら、どういう風の吹き回し?」
「そういう気分になっただけよ。あんた、タダで紅茶もお菓子も食べまくるんだから」
「情報収集してるじゃない。それにブリュレはわたしのために持ってきてくれるんでしょう?消費しなきゃあ勿体ないもの」
「自惚れるんじゃないよ」
「うふふ。しかし今更出してくれるって言ったって、ここは友人も美味しい食べ物もあって居心地がいいしなあ」

さらりと吐かれた友人という言葉に、また嘘を吐くと内心ごちる。けれど胸が温かいのはどうしてかしら。ナマエはお喋り上手だから、きっと上手くペースに乗せられているんだろう。

「私の傷、醜いでしょ?」
「痛々しいけれど醜いとは思わないわ。貴女はとっても素敵なわたしの友人よ、ブリュレ」
「嘘吐きね。そんな見え透いた嘘吐いて、出ていく気がないのが丸わかりだわ」
「あら、ふふふ、嘘なんか吐いてないったら」
「じゃあどうして笑っているのよ」
「だって、ふふふ。その調子じゃ貴女、わたしを出す気はないのね、と思って」

責任転嫁をしながら、ナマエはクスクス笑った。冗談じゃないわ。穀潰しと呼ぶほど私は逼迫しちゃいないけど。情報だって助かってはいるし。ただ、あんたの口から本当の言葉が聞きたいだけよ。

「あ、ブリュレも嘘を吐いたわね、わたしたち仲良し」
「嘘を吐いてるのはあんただけよ、ナマエ」
「もう、吐いてないったら。貴女に出会ってからわたし、嘘なんて吐いたことがないわ」



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