恋愛進化論

父の治める国は、戦争ばかりしている国だった。父も国民も戦争に勝つことしか考えていなくて、わたしは国を強くするための道具のひとつだった。どんなところへ嫁へ行っても問題ないように厳しくマナーを躾けられたけれど、自分の国でそれらが必要だと思えることなんて一度もなかったし必要だと思える相手もただの1人もいなかった。早く敗けてその鼻っ面を圧し折られればいいのにと思っていたら、ある日大きな海賊団に目をつけられて本当にあっという間に敗けた。そのころには自分の命にも執着が持てなくなっていたのでざまあみろ全員死ねと思ったが、その海賊は妙なポリシーがあってわたしはそこに嫁入りすることになった。

「ペロスペロー様、本日は戻られますか」
「ああ、ナマエ…いいんだよ、こんなに朝早く起きて見送りをしなくたって。まだ眠いだろう?」
「そんな。わたしがお見送りをしたかっただけなのです…ご迷惑でしょうか」
「ああ、ああ、まさか。今日は出来るだけ早く帰れるようにするよ、ペロリン♪」
「まあ、嬉しいです」

使用人たちがわたしのことを人形のようだと言っているのは知っている。長くあんな腐った国にいたせいで、自然な表情の作り方を忘れてしまったのだ。本当にくそったれな国だ。滅んで正解だ。だからわたしは、ビッグ・マムに感謝しているし、ペロスペロー様のことを本気で愛している。なのに、表情が不自然なせいであんまり信用されていないようだ。困ったもんだ。今晩は、早く帰ってきてくださるようなら手料理でも振る舞おうと思う。幼少期、唯一まともな料理を作ってくれた城のシェフが謂れのない罪で処刑されてから、それ以降の料理番が作る栄養補給のためだけの食べられる土みたいな食事に辟易して自分で覚えたから少しはマシな食べ物を作れると思っている。もちろん本物の料理人には敵わないだろうけど。

朝言った通りに早く帰宅してくださったペロスペロー様に食事を作った旨を伝えると、ひどく驚いた顔をされた。まぁ世の中の王女様は自分で料理なんかしないもんな。わたしは王女なんてご立派なものではないから。

「…ナマエは、よく私に尽くしてくれるね」
「そうでしょうか。わたし、ペロスペロー様のことが本当に好きなんです」
「お前を家族から引き離し、帰る場所を奪ったこの私を?」
「家族も帰る場所もここ以外にあった記憶はありませんが…貴方のそばにいると胸のうちが温かくて、もっと一緒に居たいと思う、この気持ちは愛ではないのでしょうか」

じっと顔を見つめると、ペロスペロー様は目を手で覆ってしまった。なんと言ったら信用してもらえるのだろう。行動で示そうと思って作った料理もテーブルに並んだままだし、仕方がないので下している方の手にひたりと寄り添った。ペロスペロー様の体温が心地いい。ああ、本当にすき。まだ顔は覆われたまま、黙ったままで、何を考えているのだろう。背の高いペロスペロー様がソファに座って顔が近いのが嬉しくて、あと返事がもらえるまで手持無沙汰だったので、はしたないとは思いつつその舌をぱくりと食んでみた。甘いなぁと思うのとペロスペロー様が思い切りのけぞるのは同時だった。

「ッナマエ!」
「はい」

名前を呼んでもらえたのが嬉しくて覗き込んだ顔は、真っ赤に染まっていた。じっと次の言葉を待っていると、少しずつ落ち着いたらしいペロスペロー様がとぎれとぎれに言葉をつないだ。

「お前は…少し…積極的すぎる…」
「そうでしょうか」
「私は、まだ、お前のことを知り始めたばかりだから…」
「はい」
「…ナマエ。私は、お前にまだ恋をしている途中なんだ」
「あら」
「だから、もう少し、順序を踏ませてくれないか…」

ガキのようなことを言ってすまないがと言葉を締めくくったペロスペロー様はまだ顔が赤い。なんて可愛らしい人なのだろう。今の会話で更にペロスペロー様のことを好きになってしまった。ペロスペロー様がわたしに追いつく日なんて来るのだろうか。ペロスペロー様がわたしのことを少し知るたびにわたしは倍速でペロスペロー様のことが好きになる気がする。

「善処します」
「…ああ、すまねェな」
「ところで、無礼とは承知の上なのですが」
「ん?」
「もう一度舌を食んでも?」
「ナマエ!!!!」



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