フランクル問答

「あなた、わたしのことスキでしょう?」
「また言ってんのか。いいから研究所に籠ってろ」
「わかるのよ、わかってるのよ、だってわたしは天才だもの!」

噛み合っているようで噛み合っていない、会話の成り立たないこの女は名前をナマエという。天才だなんてずいぶん自惚れたことを言っているようだが、あながち間違いじゃない。ナマエはママが連れてきた研究員であり、恐らくたぶんこの世界の誰よりも人類の巨人化に近しい人間だ。シーザーが真面目にやっていれば別かもしれないが、とにかく、頭は良い女なのだ。ただし会話をすれば成り立たないし、与えられた研究室で大人しくもしていない。才能に全振りされているタイプの変人なのだ。

「ちょっと、背中をおさないで!きいてるの、チーズ大臣?」
「研究結果が出たらいくらでも聞いてやる。ほら、研究所へ行くぞー」
「もう、もう!おさないでったら!」

土地が開いていたからというだけの理由で研究所を島に造らせたのだが、どこで目を付けられたものか、時折こうして絡まれるようになってしまった。ヒョコッと顔をのぞかせて、にまにまと自信ありげな笑みで声をかけてくる。貴方私のこと好きでしょうだなんて、とんだ勘違い女の発言だが、それ以外でもネジが吹っ飛んでいるのは周知の事実だから部下も誰も気にしない。おれも気にしない。指示をもらう人間が消えて慌てているであろう研究員たちのために、背中を押して研究所まで連れて行くだけだ。ママが呼んだ人間だからあまり雑にも扱えない。諦めたのか飽きたのか、ぽてぽてと短い足でわざとらしく大股に歩くナマエはそれでもまだ好きでしょうと繰り返している。いつの間にか自信を取り戻した顔が、自慢げにあれこれと理由を並べ立てる。自分に会うと体温がどうとか、視線がどうとか、短い指を折り曲げ短い腕をぶんぶん振って、いかに自分の説が正しいかを主張している。おうおうと適当に相槌を打ったらさらに調子にのらせてしまったようで、マシガントークは留まるところを知らない。

「だって天才だからわかっちゃうの!」
「そうかよ」
「そうなの」

研究所が見えてきた。もう少しと思ったら、ナマエがくるりと体を反転させてこちらを見上げた。自信たっぷりな笑みはそのままに。

「だから、はずかしがらずにスキだって言ってもいいのよ!」

とんだ大自惚れの大惨事発言も、全ては自分の分析力に自信があるが故なのだろう。その分析を巨人化実験に集中して発揮してくれればと思わないでもないが。

「遠慮するぜ」
「どうして!わたしまちがってないはずよ!」
「まァ待て。ナマエ、お前はなんたってそうおれに好きだと言わせてェんだ」
「なんでって!それはわたしの分析がただしいから…なんでって?」

そのまま腕を組んでブツブツと考え込み始めてしまったナマエの背中を押して、研究員たちに引き渡す。ナマエは最後まで考え込んでいたのでおれが帰ったことには気づいていないだろう。そういう女なのだ。研究の才能に全振りなのである。分析をさせたら右に出るものがいないだろうことは認める。だからその分析もそこからの推論もおおよそ全て正しいというのも認める。ただし、本人がそんな些細な分析に時間を割く理由も理解できていないうちに負けを認めるほど、おれは馬鹿正直じゃないのだ。



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