大口実

砂糖に醤油、みりんとお酒、くつくつ煮える鍋の中。思わず涎がでちゃうような香ばしい香り。甘辛い汁をたあっぷり吸って、てらてら光るお肉や野菜を、ときほぐした卵にくぐらせる…一口噛めばほら、じゅわっと脂がしみ出て口を満たすの。もう最高の瞬間…わからない?食べたことない?それじゃあ今すぐうちに来て!知らないなんて損してる、パパのレシピは絶品よ!うちは“すき焼き屋”なの!



「うわっ、また来たの!?」
「客に対して随分なご挨拶だな?」
「海賊が堂々としてんじゃないわよ!なんで来るの?レシピだって教えてあげたのに!」
「お前がうたっている通り、お前の父親のすき焼きは絶品だからなァ。ペロリン♪」

はー!なんだなんだまったく、そのデッケェ舌火傷してしまえ!あるときからやたらとうちの店を訪れるようになった海賊、の、ペロ…?とにかく、ナワバリに加えてやるとかなんとか、余計なお世話だっつーの!うちのパパはとりっぷちーと?とかいうめちゃめちゃ強い人で、海賊の手助けなんか要らないんだから!って言ったら確かに普通の客として来るようになったけど、あんたが来ると他の客が来ないのよ!パパがいるから怖くはないけど、そのパパは笑いながらすき焼き作ってるし、ママも笑ってるし…なんなの!パパもママも危機感なさすぎ!ペロ?も、うちの両親が若干天然なのをいいことに来店しすぎ!パパに追い出してよって言っても、お客さんだしそれに……って言葉を濁すだけ。そもそもなんでこいつがうちに来るようになったのか、忘れたなんて言わないよね!?

なんで海賊なんかがすき焼き屋に来たのかって、そりゃこいつはうちを襲いに来たのだ。まあ海賊だもんな。それも、お菓子屋と間違えてやって来た。どうもお菓子大好き野郎共の集まりらしく…うちが砂糖やたまごをよく消費するからって理由だったらしいんだけど、それ言ったら牛肉も野菜も豆腐もいっぱい消費しとるじゃろがいって感じ。すき焼きという料理を知らないらしいペロ?と会話が噛み合わなすぎて、思わずその舌をひっ掴んだとき、パパが買い出しから帰ってきて全員返り討ちにしてくれた。ちなみにペロ?を見たパパの第一声はなぜか「若ーい!」だった、パパってやっぱりちょっと天然よね?まあなんにせよ、あっさり勝っちゃったパパはあろうことか「知らないなら食べてく?」なんて恩情をかけてしまったのだ。それからはもう、ご覧の有り様。確かにパパのすき焼きは美味しい、それにお金だって払ってくし…だけど、どうしてパパもママもそんなににこにこしていられるの?

「ナマエ、お前はまだ作れるようにならないのか?」
「は?とっくに作れるわよ、あんたには振る舞わないけど。パパに免許皆伝だってもらってるもん、ねえパパ!」
「おー」
「…ふうん」

ふうんてなんだよ、腹立つなあ。信じてないわけ?割下の調合だってできるし、具材を入れるタイミングだって把握してるのよこっちは。暖簾分けは、安全上の理由で難しいけどさ。自分から話を振ってきたくせに相槌も返さず咀嚼するペロ?の、何かを考えているらしい顔になかなかムッとするわけですが。おい。

「…おれの飴を使って作ることもできるか?」
「え?あ、んー…飴として完成されてるものは…どうかな…」
「わたあめで作る方法ならあったぞ。やってみるか、ナマエ、ペロスペロー?」
「おもしろそう!やりたい!」
「くくく、わたあめか。妙なことを思いつくもんだ、ペロリン♪」

確かに、飴ですき焼きが作れるならその能力は羨ましい。あーあ、わたしのほうが有意義に使えるのにな!おいしいすき焼き、いつでもいくらでも作り放題!すてき!

「…別に、お前が使えなくても」
「なに?今タイミング大事なとこだから後にして!」
「……」

うまくいったら新メニューにするんだから!



「ハリケーンとはよく言ったモンだよなあ、ペロスペロー」
「…ふん」
「え?ハリケーンがくるの!?パパ!」
「ナマエにはきてほしくないんだけどなー、パパとしては」
「なに!?雨戸おろしたほうがいいの!?」



[ 128/133 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]