アムール・マルルーの結末

おれには、生まれてこなかった双子の妹がいる。初めはママのお腹の中に二人居たのに、気づいたら消えてしまったのだと医者は言っていた。双生児ではままあることだと、医者もママも気に留める様子はなかった。生まれる前に消えたのに、どうして妹だったと思うのかは分からない。でも、なぜか確信があるのだ。この世界で唯一、同じものを共有したことがある双子だったから、かもしれない。おれ以外に双子の妹の存在を認めるものはいなかった。ママはその妹に名前をくれなかったし、兄弟に数えてもくれなかった。他の兄弟だって、死産ならまだしも生まれる前に消えてしまった妹のことなど構うことはなかった。こうして生きている兄弟がいるのだからと笑っていた。その通りだ。その通りなのだ。それでも時折、存在したかもしれない自分の片割れが、非常に恋しくなる。

双子の妹は、生まれていたらおれに似ていただろうか。他の双子と同じように、自分たちだけでひそひそ話したりしたのだろうか。お菓子や紅茶は、自分と同じものを好んでいただろうか。ごくごくたまに、無性に普段の好みと違うものが食べたくなったり、自分では使わない装飾品を見たくなったりするのは、妹が自分の中にいるからなんだろうか。この目では見たことのない妹を、誰の記憶にも残っていない妹を、おれだけが覚えている。誰に何を言われようとも、おれは妹を忘れないし、置いていかない。一緒にいるのだ、ずっと。

「初めまして、ナマエと申します」
「シャーロット・レザンだ。よろしく」

ついに自分にも結婚の話が来た。もちろん断ることなどできないし、その理由もない。相手は西の海で流通を握っている商社で、ひとつ年下の娘だった。特別悪いところも良いところも見受けられない、普通の娘。偶然にもおれと同じ色をした髪を結って、涼やかに微笑んでいる。四皇に嫁がされるというのにこの表情なら、肝は据わっているほうかもしれない。つつがなく進む談笑から、ママと相手の親が席を外した。ナマエはまだ涼やかな笑みをたたえながら、まっすぐとおれを見ていた。

「レザン様のお話が聞きたいですわ」
「…話せるようなことは…」
「なんでもいいんです。なんでも。貴方のことが知りたい」

乞われるまま、とりとめのない話をした。好きなお菓子や紅茶の種類、得意なこと、兄弟の話。その中で、ふと、双子の妹のことが頭をよぎる。生まれてもいないのだから、話せることなど無いに等しい。それでも、もし生まれていたら結婚の話が出たころだろうか。自分と同じように…この娘と同じように。そう思うとなんだかたまらないものがあった。生まれてこなかった妹。名前も順番も与えられていない、自分以外はもはや覚えてさえいない、おれだけの妹。

「…おれには、うまれてこなかった双子の兄弟がいたんだ。他の兄弟は覚えちゃいないが。ママのお腹の中で消えてしまって」

どんな声で話したらいいのだろうと迷いながら、なんでもない話のように努めた。興味を持たれたとしても自分だって語れることは何もないし、ただ、そういう事実があっただけだ。きっと今後同じ話をすることもないだろう。妻になる娘に、場繋ぎの話をしただけだ。ナマエもこれまでの話同様相槌を打つだけで話が流れる…と思ったのに、ここで初めてナマエは自分の意見を口にした。

「きっと、妹じゃ嫌だったんですね」

その言葉に、カッとなって立ち上がる。この女は、自分のことを侮辱しているのだろうか。涼しい顔をしやがって。おれだけじゃない、妹のことも…妹?ナマエは確かに言った、妹じゃ嫌だったのだろうと。おれは双子の兄弟としか言っていないのに。兄でも姉でも弟でもなく、疑うことなく、妹だと。適当に言ったのだろうか。適当に…でも、それでも妹を選んだのは。まとまらない思考に立ち上がったまま固まるおれを、ナマエは紅茶を飲みながら静かに見つめて、笑った。

「妹じゃ、嫌だったんです」



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