ST!×1.5 | ナノ
結局、平和島さん探しを手伝ってくれたニット帽の人は見つけられなかった。
出口でしばらく待っていたのに、どれだけねばってもその姿を見ることはできなかった。
そして案内の人にその人の特徴を伝えてみると、とうに出てしまっていることがわかり、少しばかり気落ちした。
もう少しきちんと、お礼を言いたかったのに。
そんな思考で、出口までに辿った道筋の記憶に封を施す。意識するだけで顔が茹ってしまう……。
そんなこんなでその後もいくつかアトラクションを回り、お土産を買って(波江さんの分だけ私も買った)、気が付けば夕方になっていた。
「やっぱり、最後は観覧車でしょうか」
「そういうもんなのか?」
朱色の夕日が差す園内。
まだ人は大勢いるけれど、平和島さんは明日も仕事があるらしい。それなら、そろそろお時間だ。
そして遊園地の締めと言えば、やっぱり観覧車だと思う。
「そういう、ものかなと」
完全に創作物の影響でそう頷くと、平和島さんもお土産の袋を片手に「そうか」と頷いた。
♀♂
「今日は本当にありがとうございました」
向かい合わせで座ったゴンドラは、なぜだかとても広く感じた。
本当は意識してしまう程に近い距離であるはずなのに、どきりともしないぐらい、向かい側の平和島さんが遠く思える。
それを疑問に思いながらお礼を口にすると、その人は「礼言われるようなもんじゃねえよ」と、なんでもないように言った。
「言ったろ、今日の詫びだ。チケットも職場の先輩にもらったやつだしな」
「それでも、私は楽しかったので――」
お礼ぐらい言わせてください。
そう続けかけた言葉が、喉につまる。
『楽しかった』。
私は、楽しかったのか。そう、喉の奥が、きゅうと締め付けられる。
開けてはいけない箱の扉をこじ開けてしまいそうな、そんな悪寒が背を撫でる。
よそう。今はよそう。こんなことは、帰ってからいくらでも――。
「お礼ぐらい、言わせてください」
締め付けられたものをなんとか口にして、口角を上げる。
すると、こちらを眺めていた平和島さんが、いつかと同じように、私の頭に手を置いた。
「お前、たまにそういう顔するよな」
声も出せない私に対して、その人は芯の通った瞳を向ける。
「楽しくなかったか?」
「……そんな、ことは」
やけに柔らかなその口調が、私の声を留めさせる。
「楽し、かったです。すごく、こんなの、久しぶりで……嬉しかった」
「……嘘は、ついてねえんだよな」
そう言って頷いて、その人は温かい手で頭を撫でる。
「俺は、お前はいい奴だと思う。人に気ィ遣えて、他のやつのことも見て。そういうの俺は苦手だから、すげえと思う」
「…………」
そんなことはない。
私は少しも『いい奴』じゃない。平和島さんが思ってるような人間じゃない。
そんな言葉ばかりが頭によぎり、ああ、と気づく。
どれほど距離が近くても、私はやっぱり、少しも近づけはしないんだと。
自分がどういう人間か、知られるのが恐くて、手を伸ばすこともできないんだと。
それでも自分の頭を撫でる手は温かくて、ああどうしよう。少しも払いのけられない。
「だから、あんなやつに近づくのはやめとけ」
ぴくりと、自分の肩が揺れるのを感じた。
「あいつがお前に何言ったのかは知らねえ。でも、あいつにだけは近づくな。お前が抱えてる良いもんも嫌なもん全部、受け止めるふりして弄ばれるだけだ」
「……平和島さん」
熱を帯びたその声に、私は目を伏せながら尋ねる。
「平和島さんは、私があの人の近くにいたら、もうこうして話をしてはくれませんか」
都合の良いお願いをしているのかもしれない。
それはわかっていたけれど、言葉はどうにも止まらなかった。
「……お前はお前だ。あいつは関係ねえ」
「そう、ですか」
ああ、よかった。
それだけを、一人だけで勝手に安心する。
少しだって平和島さんの意思とはかみ合っていないけれど、お願いだから。
近寄れなくても離れられることが恐くて、誰に当てるわけでもなくそう必死に思う。願う言葉もないのに、そう何かをひたすらに思った。
そうして頭から離された手に、ひどく喉が締め付けられる――。
「ユウキ」
「……え」
初めて名前で呼ばれ、驚いて顔を上げた。
すると目の前にあったのは、ひとつの携帯。
「メアドと番号」
「……メアド、番号」
「教えてやるから、あのノミ蟲になんか言う前に声かけろ」
そう言った平和島さんは、どこか怒っているようで。それでも私に突き刺さるようなものはひとつもなくて。
この人は本当に心配してくれたのだなと、気づくだけで胸がいっぱいになった。
(夕陽よりも、あたたかいのに)
どうしても
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