ST!×1.5 | ナノ
「……聞いてない」
懐中電灯を片手に、私はそうひとりでため息をついた。
そう、ひとり。私の隣に平和島さんはいない。何故かと言うと、これがこのアトラクションの仕様だからだ。
二人以上で入館した場合、必ず人数は二分される。そして各々違う地点からスタートし、五分後。
配布された電子タブレットにもう片方の所在地が表示されるので、それをヒントに合流。見事三十分以内に合流を果たし、ゴールできれば賞品ゲット。
そんなアトラクションだったようだ。
そこまで露骨にホラーが苦手、というわけではないのだけれど……。
そう思いながら、周囲を見渡す。
名称にあった『病棟』の名の通り、舞台設定は廃病棟。一応、謎の大量殺人が発生したことから閉鎖に追い込まれた、という設定があるらしい。
当然どこもかしこも真っ暗で、非常灯の明かりだけがチカチカと不安定に辺りを照らしている。懐中電灯が無ければ、足元もおぼつかないほどだ。
私は待合室のようなところにいるようで、どこか薄汚れた広いホールに立っている。
備品はボロボロ。床には赤黒いものが見える様な、そんな気がしてしまう内装。
さすがに、一人では心細い。
「もう少し、きちんと説明を読めば良かった……」
なんてことを呟いていると、不意に肩を叩かれた。
さすがにびくりとして振り返ると――。
平和島さん。
だったら、よかったのに――。
「わ、あ」
顔面蒼白目は充血、血みどろ看護師さんがこちらを見下ろしていた。
当然、ダッシュで逃げ出した。
♀♂
「何やってんだ、俺は」
三人ということで、狩沢・遊馬崎ペアから外れ、門田はひとり棟内を歩き回る羽目になっていた。
この手のものはもちろん好きとは言えない。かといって、特に苦手というわけでもない。
しかし、こうなってしまった理由を思えば、自然とため息も出てくる。
――さっさとあいつら見つけて、出たいところなんだが……。
懐中電灯とは別方向の手に握っているタブレットを見、無理だなと確信する。
静雄たちの反応がどうだのと言っていたあの様子では、二人を見つけるまで諦めないことだろう。
そうやけに足音の反響する暗がりを歩いていると、少しばかり離れた場所から走ってくるような足音が聞こえた。
ここに来るまでに一度その手のギミックは仕掛けられているので、またかとだけ感想を漏らす。
あくまで歩調を上げることなく先へ進むうちに、足音は確実にこちらへ迫っていた。
一体次は何が出てくるのかと振り向いたその時、廊下の曲がり角から小柄な人影が飛び出してくる。
「あっ」
なにか期待を込めたようなその声の主にライトを向けると、まさに狩沢や遊馬崎の追っていた静雄の連れの女だった。
しかし相手は門田を確認するや否や、「ああ……」と小さく渋い表情を浮かべ、かと思えばすぐさま門田の下へ駆け寄ってきた。
「あの、逃げた方が良いと思います」
「……ああ、追いかけられてんのか」
このなんとも言えない偶然に閉口しかけ、そう頷く。
確かに、女一人で気味の悪いものに追いかけられるのは不安だろう。
「そうなんですけど、いや、そうじゃなくて――」
彼女がそう弱ったような表情を浮かべた瞬間、先ほどの曲がり角から、片手では数えきれない影が呻き声を上げて登場した。
「逃げてるうちに、なぜか増えていって、あんなことに」
「ありゃあ、気味悪ぃな」
速くも遅くもない絶妙な速さで追いかけてくるその集団は、なにかおぞましい塊にも見える。
この演出はそれなりに恐い。とりあえず、あの集団の中に入りたいとは思えない。
「逃げるか」
「そうしましょう」
さすがにアトラクションの職員を殴るわけにもいかない。
そうして同時に駆けだした二人は、互いの脚力も相まって、あっさりと追手を振り切った。
「なんだかすみません、巻き込んだみたいで」
それなりの速さで走っていた割には息も切らさず、彼女は少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「別に構わねえよ。これって、ああいうもんだろ」
「そういってもらえると、安心します」
そんなやりとりをし、とりあえずその場を歩きはじめる。
「……ええと、おひとり、ですか」
そうおずおずと尋ねられ、ひとまず「いや」と答えた。
「三人で来たもんだから、俺だけ一人になった」
「それはそれで、嫌ですね」
「あんたの方は、デートかなんかか?」
柄にもない質問ではあったが、あれだけ狩沢たちが騒いでいれば、事の真相は気になってくるものだ。
あくまで平然と尋ねた門田に対し、彼女は「ち、違います違います」と慌てて首を横に振る。
「知り合いの人が誘ってくれたので、それで遊びにきただけです」
「そうかい」
狩沢たちの見立ては、見当はずれでもなかったらしい。
暗がりのためどんな表情をしているのかはわからないが、「どうしてみんなそう……」と小さく呟く声は聞こえた。
丁度その時、それまで何とも動かなかったタブレットに、灯りが付く。
とはいえ、入館時間からして彼女のタブレットだけなのだが。
すぐさまそれに気づいた彼女は、タブレットを食い入るように見つめた。
「……ちょっと、遠いな」
困ったように言うと同時に、再び電源が切れる。
どうやらヒントは一瞬だけらしい。
「どうしよう……」
「あんま下手に動かねえ方がいい」
自分の位置は相手にも送られているわけで、二人が同時に動いてしまっては行き違いになることもある。
とはいえ、両方がそう考えても永遠に再会することができない。合流してゴールを目指すだけなのだが、案外難しいものだ。
「それはそうなんですが、相手の人が気になって」
出来るだけ早く合流したくて。
そう付け加えた彼女の表情は、思い人と早く再会したい――という様子のものではなかった。
どちらかと言えば、心底何かを心配しているような表情だ。
「そいつ、男だよな? そんな心配するもんでもねえだろ」
特にあの静雄のことだ。滅多なことがあるとは思えない。
そういう意味合いでかけた言葉だったのだが、当の彼女は「そう、なんですが」と殊更弱った顔をする。
「よくよく考えてみたら、この手の脱出ゲームってイライラしやすいものじゃないですか。お化けも襲ってきますし、ヒントも少ないですし……」
「…………」
そこまで聞けば、彼女がなにを言いたいのかおおよそ予測がついた。
確かに、人によっては苛立つものが多いアトラクションだろう。仲間で楽しむには面白いが、一人ではそれも望みづらい。
そして今回の静雄の場合は――。
「俺も探してやるから、さっきの位置教えてくれ」
見事に当てはまってしまうものだった。
(お化けよりこわいもの)
知っていますから。
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