ST!×1 | ナノ



「お互い聞きたいことが山積みなら、きみが俺に質問をして、それに答えたら次は俺がきみに質問するってことにしようか」
「ではそれで」


 髪を乾かしているうちに大分気が落ち着いたので、リビングへ向かったころにはいつもの私に戻っていた。
 危ない危ない、あの調子でここにきていたら、折原さんの思うつぼだ。
 あのタイミングでああいうことを言うのは、この人の戦略なんだと思うことにしていた。

 質問と言われても、一番聞きたかったものは聞けなかったし……。


「折原さんって、首無しライダーと知り合いなんですか」


 とりあえず、いつか聞こうとおもっていたことを片っ端からぶつけることにした。 


「まあ、知り合いかな。仕事関係の」
「仕事……」


 平然と言われたその言葉に、私は首をかしげる。
 首無しライダーと呼ばれている、池袋に実在する都市伝説と出会ったその日のうちに、私はネットカフェで折原臨也とライダースーツを着た妙なバイク乗りについて調べた。

 その結果、折原さんは情報屋ということが判明し、ライダースーツの人は"首無しライダー"と呼ばれる伝説であることを知った。

 のだが、


「仕事って……何をしているんですか」
「運び屋だよ」
「運び屋?」
「そう。バイク乗りには、おあつらえ向きだろ?」


 まあ、魔女も宅急便をするらしいし、都市伝説が運び屋をしても不思議ではない、のだろうか。


「さっきもその運び屋関係から仕事がきてたんだ」
「教えてもらっても……」
「どうしようかな」


 そうどうともいえない笑顔を浮かべて、折原さんは曖昧に言った。
 まあ、それはそうか。私情ならばともかく仕事関係なんてすぐに暴露できるものでもないだろう。
 都市伝説相手の仕事だなんてとても興味を引く内容ではあるけれど、今回は諦めて質問の番を折原さんへと明け渡すことにした。


「……次、折原さんどうぞ」
「ああ、いいの?きみって、あれから高校はちゃんと卒業したみたいだけど、いつの間に就職活動なんてしてたの?」
「ええと……」 


 あなたのせいで、無残に砕け散りましたけどね。


「3年に進級したときから、というか2年に進級した時から就職しようと思ってたので……バイトの筋からあの手この手で、いろんな会社を紹介してもらって――」


 なんとか面接まで生き残った。
 高卒になることを承知で、しかも手に職もない状態で面接を受けさせてくれる会社自体がほぼ皆無だったけれど。


「そういう面接で猫被るのは得意なので」
「見事採用されたって?」
「多分、そうだと思います」


 私は素直に答えているのに、折原さんは嫌な笑顔でそれを聞いていた。
 もしかして、その採用事体にもこの人がかかわってるんじゃ……。
 
 そうハッとして声を上げようとした瞬間、それを見透かしたように「じゃあ、次はきみの質問だよね。さっきの運び屋からの仕事だっけ?」と何でもないように言った。


「うん、教えてもいいよべつに」
「え、いいんですか」


 てっきり企業秘密的なものだと思っていたのに。
 拍子抜けしたような心地で尋ね返すと。


「俺は困らないし口止めもされてないから」


 そう、あっけらかんとした風に言われた。
 ……首無しライダーさんの方は困るのかもしれないけれど、まったく気にしていない様子だ。
 逆にこちらが悪いような気がして『やっぱりいいです』とお断りしようとしたのだが、折原さんは知ったことではないように口を開いた。


「まあ、簡単に言えばその運び屋ってけっこうなんでもありでね。どこかの漫画みたいな奪還屋を兼ねてる風もあるし、違法すれすれの物を取り扱うこともある。今回がどの手のものだかは分からないけど、とにかくターゲットの現在地を教えてくれって言われたからそうしただけだよ。相手は車に乗ってるらしいから、そんなものナンバー一つですぐにわかるものだけどさ。じゃあ、次は俺が質問する番でいいよね?」

「…………どうぞ」


 よく、そこまで口が回る……。あとナンバーひとつで居場所がわかるってなんなの、怖いんだけど。
 一気にいろいろなことを言われたせいか、自分が何を言おうとしていたのか一時的に忘れてしまい、私は何も考えず頷いてしまった。
 それに満足げに折原さんは笑って、


「明日、池袋の方に行こうと思ってるんだけど、来る?」 
「池袋、ですか」
「そ、池袋。きみの思い出が一杯な場所」


 膝の上に乗せていた手を握り、奥歯を噛み締める。


「何をしに」
「ちょっと女の子二人と待ち合わせ」
「……」


 キレてもいいかな。いいよね。
 

「あのさ、きみが怒るのを承知で言ったのは確かだけど、机をひっくり返そうとしないで」
「……そこに、どうして私が同行しないといけないんですか」
「それはまあ、向こうは女で俺は男だから。女のきみがいた方がいいと思って」


 一見爽やか好青年風に笑っているその人に、私は疑いの目を向ける。
 仕事の依頼か何かなのだろうか。もしそれなら、明日からここで働く身としては同行しないわけにはいかない。
 もらう分は、働かないと。


「行きます」
「そう言ってくれると思ってたよ」


 それは同時に、君に拒否権はないんだよ、と言っているように聞こえた。
 聞こえただけなら、よかったのだけれど。


「じゃあ、次は、」


 と、私が質問しようとしたとき、
 聞きなれない音楽が、私の言葉を遮った。

 振り返ると、折原さんの仕事用デスクの上に置かれている携帯電話が点滅しながら鳴いている(着メロ的な意味で)。
 折原さんの着信ってこれ?トゥルルルみたいな、逆にレトロなものを想像していたんだけど。

 私がそうして呆けていると、


「きみはもう寝た方がいいよ」


 そう言うや否や、折原さんは立ちあがって携帯電話の元へと向かって行った。


 仕事は、仕方ないのか。


 まだ聞きたいことはあったけれど、これからは毎日顔を合わせることになるんだろうし……今日はおとなしく寝よう。
 何やら敬語で通話相手と話し始めたその人を横目で見ながら、私は静かに自室へ戻った。

 なんだか惜しい気持ちになったのは、多分質問をし損ねたから。
 それだけの理由だと、思う。



 (はぐらかされ問答)



 とにかく机を扉の前に置くことは忘れなかった。


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