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 シャワーを浴びるなら、今のうちだと思った。

 あの人に覗きの趣味があるとは思わないけど、かといってまったく無防備なのもどうかと思う。
 昼間のやりとりで折原さんも忠告(という捉え方をすることにした)していたことだし、あの人が忙しそうにパソコンと携帯電話を見ている今がチャンスだ。
 日の光が完全に失せた暗い廊下を静かに移動して着替えをとり、案内してもらった脱衣所に入り込む。よし、大きな物音は立てていない。

 そこからは時間の勝負。服を脱ぎ、持ってきていたシャンプーや石鹸などを慌ただしく使い、浴槽には入らず浴室を出た。
 もう少し折原さんの動向が分かるようになるまでは、シャワーで我慢しよう。
 さすがに身体だけは丁寧にふいて寝間着(Tシャツ+ジャージという色気もなにもない組み合わせ)を着、何もなかったことに安心しながら廊下へ出た。

『入ってます ユウキ』

 念のために扉の前に張っておいた張り紙をはずし、髪を乾かすために自室に戻ろうとした。のだが、


「何で髪が濡れてると妙に色っぽく見えるんだろうね」
「……あなたは、忍者の末裔かなにかですか」


 本当に何の前触れもなく、折原さんの声が真後ろから聞こえてきた。
 あと5分ほど、パソコンとにらめっこをしておいてくれればよかったのに。


「では、私は髪を乾かしてくるんで」
「なら、その後リビングの方に戻ってきてくれない?」
「………………どうしてですか」
「そんなにあからさま疑っているような顔しないでよ。ユウキに聞きたいことがあるように、俺も君に聞きたいことぐらいがあるんだよ」


 廊下の暗さにようやく目が慣れてきたので、少しずつ折原さんの表情が見えてきた。
 けれど、その表情にさしたる変化はない。いつも通りの、淡々とした笑顔。

 
「……わかりました」
「そういえば、お風呂のお湯、まだ捨ててない?」
「捨ててませんよ」


 いきなりなんだ。


「俺はまだ入ってないから。それじゃ、また後で」


 そう言ってリビングの方へ戻っていく折原さんの背中を眺めている私の思考を支配していたのは、


「……洗濯物って、折原さんが入った後に入れた方が……いや、それは気にしすぎか……」


 そういうことだった。

 なにこれ、生活空間の共有生活(端的に表すなら同居)ってもの凄く生々しいような。
 うわ、自分で言って嫌になった。自分の表現が嫌になったッなんだよ生々しいってッ。
 
 その表現がすでに生々しいよっ。



「……頭を、冷やそう」



 私は少し考えすぎだと思う。気分を入れ替えて、髪を乾かしにいこうか。
 パタパタとスリッパで廊下を歩く音が、室内に響いた。  


 このとき、どうしていきなり現れたはずの折原さんが、暗い廊下で私の表情を見ることができたのかということについては、考えている余裕がなかった。




 (男女で共同生活≠フラグ成立)




 だと思いたい。 


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