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 どういう反応をすれば、いいんだろう。


「久しぶりだね。スーツ着てるし髪切ってるから、最初誰かと思ったよ」
「折原さんは、相変わらず、みたいですね」
「男なんて高校卒業した後はあんまり変化しないからね。ところでコーヒーと紅茶どっちがいい?むしろオレンジジュース?」
「紅茶で」


 喫茶店で私の注文した飲み物まで、この人は覚えているらしい。
 それを嬉しく思うべきなのか、子供扱いされていることに怒るべきなのか、っていうか今のこの現状に喜ぶべきなのかキレるべきなのか……。
 飲み物を取りに行ったらしい折原さんの背を眺めながら、私は小さく息をついた。


 メモに書かれた住所までくると、そこあったのは思っていた通りマンションだった。
 しかもかなりの高級マンションである。なので、入ることにやや気おくれしてしまったが、荷物の行方が気になるのでとりあえずホールのような場所まで歩き、
 部屋の番号を機械に入力して呼び出しボタン(とでもいえばいいのだろうか)を押すと、名乗っただけですぐに自動ドアは開いた。

 その後はエレベーターで目的の階まで上り、廊下を歩いて部屋のインターホンを鳴らしたところ、


『採用取り消しおめでとう!』


 と、忘れもしない、2ヵ月間ずっと探し続けていたその人が、笑顔で出てきたのだった。
 とりあえずはその挨拶は酷すぎると怒るべきだったのかもしれないけれど、頭の中が真っ白になってしまったので何も言えずに部屋に招かれてしまい、現在に至る。


「ごめんね、今紅茶切れてるの忘れてたよ。コーヒー飲める?」
「……一応」


 手渡されたマグカップの中身に口をつけて、当然のことながら苦いと思った。
 やっぱり、コーヒーは好きじゃない。飲めるけど。

 なんてことを思っている中、私の向かい側に腰を落ち着けた折原さんはまるで様子を探るようにこちらを見ている。
 なにこの沈黙、凄くやりづらい。


「あの、どうして、折原さんがここにいるんですか」
 

 マグカップを机の上に置いてそう尋ねると、折原さんはとても自然な笑みを浮かべて、


「俺の家だから」


 そう言った。……って、は?
 

「荷物が一時的に預けられてるからって、私はここに来たんですが」
「ああ、そういうことになってるんだ。それさ、半分事実であとは嘘」
「……どこまでは、事実なんですか」
「荷物がここにあることかな」


 とても、嫌な予感がした。
 

「じゃあ、嘘は……」
「一時的に、っていうところ。一時的じゃなくて、ずっとここに置くつもりだから」



「…………すみません、日本語が理解できません」
「じゃあ、何語で話せばわかってくれる?」
「あなたの言葉だというだけでわからない気がします」


 そう辛辣に言いながらも私はグルグルと回る思考の中で、ある結論にいきついた。
 いやこれはないよねと引きつった笑みを微かに浮かべて、


「あの、私が採用取り消しになったのって、まさか折原さんのせい、ですか」
「そうだよ」
「………………」


 当たり前のようにそう言って、折原さんは楽しそうに笑う。


「……何の、用で?」
「あれ?てっきりコーヒーを投げつけてくるぐらいのことはしてくると思ってたんだけど」
「じゃあ、お望み通り」


 コーヒーの中身を折原さんに向けて投げつけてやろうと手を伸ばしたが、それはすでに手元には残っていなかった。
 このやり場のない手を、どこへやればいいんだろうか。


「まあまあ、そんなに怒らないでよ」


 私から取り上げたマグカップに口をつけて、折原さんは不敵に笑う。
 人の飲んでいたものに口つけるのは。


「やめてください。っていうか、怒らないわけないでしょう」 
「あーあ、怖い怖い。完全に目が据わってるよ、ユウキちゃん」


 本人はそう言っているが、全然怖がっているようには見えない。むしろ面白がってるよこの人。
 ちなみに、今の私の堪忍袋の緒はぶち切れ寸前まで来ている。どこまでやれば、この人の予想通りではないんだろうね。


「代わりと言っちゃなんだけど、住む場所と仕事は紹介してあげるから」
「本当ですかッ」
「そこには食いつきいいんだ。まあ、これは情報じゃないし、無料で提供してあげよう」
「当たり前です」

 
 そうきっぱり言い放っても、まだ折原さんは楽しそうに笑っている。
 これが折原さんのポーカーフェイスなのか、それとも素で楽しんでるのか……楽しんでいるにしたって、一体何が楽しいんだ。
 私はちっとも楽しくないぞ。

 マグカップを取ろうとした時に伸ばした右手をゆるく握り締めて、本日二度目のため息をつく。

 住む場所と仕事か……まともなものだといいけど。


 ……住む場所?
 あれ、本日二度目の嫌な予感。


「……あの、住む場所って、どこのことですか」


 途切れ途切れに、そこらへんのアパートですようにと祈りながらそう聞くと、
 折原さんはとても爽やかな笑顔で、


「ここ」


 と、ただ、その二文字だけを言った。頭痛がした。
 

「じゃあ、仕事、っていうのは……」
「俺の雑用係みたいなもの。まあ、普通に家事をやってくれれば家賃や光熱費は一切とらない。それに加えて仕事の手伝いをしてくれれば、それに似合った給料を渡そう」
「……いくらですか」
「仕事にもよるけど、普通の事務仕事で時給――」


 目の前になぜかあった電卓に折原さんは数字を打ち込んだ。


「これぐらいで」
「やります」


 即決即答だった。
 同居(だよね?)は知り合いのレベルを超えているような気はするけど、住み込みでする仕事の上司だと思えば……。
 それにこのマンションは交通の便もなかなかいいっていうか、新宿だよ。田舎者の憧れ新宿ッ。
 おまけに普通に家事をするだけで家賃も無し。事務仕事もある程度厳しくったって、さっきの給料なら納得できる。

 いろいろと疑問に思うことはあるけれど、とても恵まれているはずだ、これは。


「そう言ってもらえて安心したよ」


 言って折原さんはわざとらしく息をついた。
 が、その後、低い声で何か呟いたような……まあ、大したことでないことを祈ろう。
  
 ともかく、 


「また、お世話になります」
「俺の方こそよろしく。ま、今度は一日限りじゃないけどね」


 
 (待ちわびた再会、とは言えないような)   
 

    
 よろしく、してもらっていいのだろうか。


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