ST!×1 | ナノ
本日快晴、気分も上々、なぜか私は、
「今日も池袋ですか」
「いろいろと面白いんだよ、ここは」
連日で池袋へ来ていた。もちろん折原さんの強制連行で。
午前中に大方の家事は終えてしまったけど、今日は布団を干してしまったからあまり長く外出するのは……やっぱり取りこんでくればよかったかな……。
「そんなに池袋が好きなら、どうして新宿に」
首を捻ってそう聞くと、折原さんは一見朗らかな笑みを浮かべた。
「いろいろあってね」
意味深にそんなことを言う。
この言い方だと、教えるつもりは全くなさそうだ。早々諦めよう。
「それで、どこに行くんですか」
「今日はちょっと人探し」
「仕事、」
「じゃないよ。まだ趣味の範囲内」
だから最後まで言わせてくださいってば。
むしろ、そんな日がくるんだろうかなんて思いつつも、趣味という言葉を聞いて嫌な予感がした。
さすがに連日であんなことはしないと思うんだけど……。
若干不安なものを抱きつつ他愛のない話をしながら池袋の街を歩き続ける。
その道中を見ていて思ったことは、やっぱりこの街は人が多くて、店も多くて、看板も多いということ。
池袋へ初めて来たときはそれに圧倒されてとても疲れた記憶があるけれど……ああどうにかなりそうなことを思い出してしまった。
思考やめ。
「ユウキ、あれどう思う?」
「あれって……」
どこかへ飛ばしていた意識を戻して折原さんの見ている方向に目を向けると、
「正臣くんと竜ヶ峰くんがいますね」
なぜかとある路地の曲がり角で、昨日会った2人がコソコソと隠れて路地裏の様子を窺っていた。
何をしてるんだろう。
「それじゃなくて、2人の見てるあれ」
面白そうな笑みを浮かべて放たれた言葉に、私はうんざりした気持ちで奥の方に注意を向けてみた。
「イジメ、でしょうか」
「イジメ、だろうねえ」
もの凄くそれっぽい女子高校生がいかにもいじめられっ子で気弱そうな女の子を囲んでいる。
暴力を奮っているわけではなさそうだけど、あのメガネをかけた女の子が迷惑がっているのは確かだ。
同じ制服を着ているし「あんた最近ちょっと調子にのってんじゃないの?」みたいなことを言われているに違いない。
イジメは良くない。
撲滅すればいい死滅すればいい絶滅すればいい。
「全力で止めてきます。」
「正臣くん、見てるよ?」
そんな言葉を聞いて、情けないことに、足が止まってしまった。
正臣くんが私に昔のイメージを壊してほしくないのと同じく、私も彼に壊してほしくはない。
変わっていないと思ってくれているのなら、それでいい。それがいい。
かといって、私に穏便な話し合いができるのかというと、これに関してはできる気が全くしない。
そんな私の心を読み取ったかのように笑って、折原さんは私の横を通り過ぎて行った。
私も急いでそれに続く。
2人との距離があと少しと言うところで、竜ヶ峰くんが意を決したように路地裏へ足を踏み出そうとした、んだけど。
「イジメ?やめさせるつもりなんだ?偉いね」
折原さんは感心したようにそう言った後、竜ヶ峰くんの肩をぐいぐいと押しながら路地裏の奥へと向かって行ってしまった。
……これって折原さんが声をかけてよかったの?なんて思ったりもしたけれど、ともかく私は正臣くんが呆然としている近くで様子を見守ることにした。
「ちょっと!?」
当たり前のことだが、竜ヶ峰くんはとても驚いている。
どうやら園原さんという子に偶然を装って声をかけようとしたようだが、舌がもつれすぎというか、どもりすぎというか……。
とりあえず、折原さんが余計なことをしないかというのが不安だ。
とか思っているそばから、竜ヶ峰くんを例のいじめっ子たちの前に突き飛ばしてる折原さん。本当にろくなことしない。
「な、なんですか!?」
「いやあ、よくないなあ、こんな天下の往来でカツアゲとは、お天道様が許しても警察が許さないよ。あと、イジメとか撲滅すればいい死滅すればいい絶滅すればいいとか思ってる女の子とかも許してくれないだろうね」
冗談めかしにそう言いながら、折原さんは女子高校生たちに近づいていく。
というより、なぜ思考がトレースされているのか。
「イジメはかっこ悪いよ、良くないねえ、実によくない」
「おっさんには関係ねえだろ!」
「そう、関係ない。関係ないから、君たちがここで殴られようがカッター突きつけられようがのたれ死のうが関係ないことさ。俺が君達を殴っても、俺が君達を刺しても、逆に君達がまだ23歳の俺をおっさんと呼ぼうが、君達と俺の無関係は永遠だ。全ての人間は関係していると同時に無関係でもあるんだよ」
にこにこと笑いながらわけの分からないことを話している折原さん。さりげなく私を例に出さないでください。
それにしても、23歳だったんだ。言われてみれば納得の年齢。っていうことは、私の四つ上?へえー。
なんて暢気に考えている場合ではなかったようで、次に注意を折原さんに戻したときには、その人の左手に一本のナイフが握られていた。
この人こそ、天下往来でなにをしようとしているのだろう。
さすがに一般人を刺すようなことはしないと思うけれど、まあ、イジメなんてしてる連中はどうなっても目を瞑ってしまうかもしれない。
そんな思考を繰り広げていたときだった。
「あの、ユウキ、さん」
ずっと黙っていた正臣くんが、折原さんの方を気にしながらもそう声をかけてきた。
その表情があまりにも真剣だったので、嫌な予感がしてわざと軽い言葉を口にする。
「別に昔みたくユウキ姉ちゃんでもいいよ。呼びにくいなら」
「え、いや、それは……ってそうじゃなくて!俺が、あ、僕が言いたいのは、」
「素の正臣くんでいいから。俺でも僕でも気にしない」
そう静かに言うと、正臣くんは困ったような笑みを浮かべた。
けれど、それを見ていて昨日のことを思い出してしまい、今度は私の顔が強張りそうになる。未遂で終わったから良いものの……どうしよう。
いや、今は折原さんがこっちを見てないから、大丈夫だ。それに本当に正臣くんと私が話すことを許していないなら、私を連れてこないはず。
昨日のようなことはされない、きっと、多分、大丈夫。
「それで、なに?」
自分にそう言い聞かせながら、そう何気なくに尋ねてみた。
すると。
「あの人に関わらないでください」
大真面目にそう言われた。
「なんで?」
「あの人が、どれだけ危険な人か分かってますよね?同棲、してるなら……」
同棲のくだりでとても歯切れ悪かったのは、そういう関係だとでも思われているからだろうか。
「全部とは言わないけど、ある程度は理解してると思う」
「じゃあ、なんでッ」
「正臣くん。なんでそんなに怒ってるの」
「……それは」
何かを言いかけたように口を開いたけれど、躊躇うように開け閉めを繰り返してから、ようやく形のある言葉を口にした。
「……とりあえず、俺はユウキさんに危ない目にあってほしくないんです。俺の……友達で、あの人に関わっちゃったヤツがいて……」
「いて?」
「……そいつは、大切なものを失って、あんな人に近づかなきゃよかったって……」
とても、言葉が濁っていた。本当の友達の話ならば、ここまで言葉につまることもないだろう。
話していいこととそうでないことを選別しているから、歯切れが悪いのだ。
ならば、その友達はきっと正臣くん自身だ。ここまで必死に止めてくるなら、それなりの実体験が伴っているはずだから。
私だって折原さんとの出会いはあまり話したいものではないから、今つっこんで聞いたりはしないけど……。
「ありがとう、正臣くん」
私ができる限り柔らかくそう言うと、彼は少し表情を明るくした。
「じゃ、じゃあ、」
「でも関わるのはやめない」
そう言うと同時に、正臣くんは固まり、失望の色を見せた。
「どうして、ですか」
「……私もよくわからない」
「よくわからないって……」
そう戸惑うように言って、不意に彼は私の両腕を掴んだ。
そのことに驚く暇もなく、こちらを見つめる二つの瞳がグラグラと不安定に揺れているのを見てしまった。
「あの人に……なにされたんですか……?」
「……なにって」
思わず、彼から顔をそむける。
そんな目で見ないでほしい。そんな風に聞かないでほしい。
私は何も話せないし、話したくもない。
彼にとっての私の存在は、昔の隣の家に住んでいたお姉さんがいい。それ以外のものなんていらない。
だから、そんなこと、聞かないで欲しい。
そう渦巻く思考の中、何か言おうと口をひらいたときだった。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
路地裏の方から、折原さんのものとしか思えない笑い声が聞こえてきたので思わずそちらに目を向けた。
正臣くんはその声で我に返ったように、私の腕から手を放した。小さく、すみませんという言葉が聞こえたけれど、私は何も答えられなかった。
「ちょッ、こいつヤバいよ!なんかキメてるよ絶対!」
「キモいよ!早く逃げよう!」
彼女たちが折原さんのことをそういうのも無理のない話で、なぜならその人は携帯のようなものを何度も踏みつぶしながら笑っているからだ。
初対面でこんなことをされたら、私でも逃げる。いや、初対面でなくても逃げるかもしれない。
女子高校生たちは放心しているらしい仲間の1人を引きずって表通りの方へと逃げて行った。
これにこりて、イジメなんてやめればいい。
(踏みにじられるのは携帯だけ?)
でも、本当にどうして私は。
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