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「おかえりなさい」


 淡々といつもの表情でそう出迎えたら、折原さんは一瞬だけ苦笑して、すぐに平坦な笑みを浮かべた。


「てっきり部屋にこもってるかと思ってたんだけど、なかなか図太いね」
「こもってましたよ。一時間前までは、ですけど」


 まだ夕食は作っている途中なので、何も乗っていないテーブルの席に折原さんはついた。
 そしてちょうどそのときに沸かしていたお茶が噴きこぼれ始めたため、急いでキッチンに戻り火加減を調節して一息つく。
 

「その一時間前に何があったのか、ぜひとも聞かせてもらいたいね」
「起きたのが一時間前だったっていうだけの話ですから」
「それ、嘘なんじゃない?」


 折原さんには背を向けて調理をしているはずなんだけど、一体どこで嘘だと見破ったんだ。
 調理中の鍋からあくをとって味見をすると、普通に食べれる味付けだったので安心した。


「まあ、隠していても分かることだけどね」
「知り合いから電話がかかってきただけです」
「きみに安心して電話できるような知り合いいたっけ?」
「料理に毒を仕込みましょうか」


 そこまで人とのつながり遮断してないから。
 あのことで大方の繋がりは崩壊してしまったけれど、壊れなかったものも確かにあった。

 回線が混乱していただけで、壊れてはいなかった。

 女の前だけで見せるあの柔らかい表情を浮かべた彼のことを思い浮かべて、もう一度心の中でお礼を呟く。
 今回は思いだせた。そのために今は頑張るよ、ありがとう。

 そこに見えた大きな棘は、見えないことにした。

 
「なら、食べる前にきみ自身に毒見してもらおうかな」


 楽しげに笑う折原さんの声を聞いても、不快感は訪れない。完全に歯止めはかかったようだ。
 あえてつっこんだりせずに黙々と手を動かしていたら、


「エプロン、つけたんだ」


 そんな言葉が聞こえた。


「……まともなものだから、使ったんです」
「似合ってるよ」


 …………、……。


「そうですか」
「やっぱり、普通の会話じゃ乗せられないよね。君は」
「……乗せようとしただけですか」


 鍋の火を消して、皿を取るために棚の方へと向かう。
 

「いや、似合うのは本当だから」
「そこで私が『そ、そんなことありませんッ』みたいな反応をしたらどうするんでしょう」
「それはそれで面白い、けど、君らしくはないね」
「私らしさってなんですか」


 底の深いお皿を2つ取り出し、煮込んでいたロールキャベツを取り出す。
 煮崩れはしていないようだ。


「大抵何言っても無表情、稀に少し笑う、言い回しが変、疑問形が苦手、懲りない、面白い、男を押し倒す趣味がある」
「そんな趣味はありません」
「まあ、あの一日とこの二日間で分かったことはまだあるけど……」


 料理の入った器をもって、テーブルまで運ぶ。

 そのひとつを折原さんの前に置いて顔を上げたとき、目があった。 


「全部含めて、俺はきみのこと、嫌いじゃないから」


 

 (おかえりなさい。誰かにそう言える場所は)




嫌いにはなれない。 


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