ST!×1 | ナノ
「偉いねえ、苛められている子を助けようとするなんて、現代っ子にはなかなかできない真似だ」
そう言いながら竜ヶ峰くんの方へ近づいている折原さんの言葉に、園原さんという子が「え……」と声を上げた。
竜ヶ峰くんが自分を助けようとしてくれたことに、驚いているような雰囲気だ。
そして当の竜ヶ峰くんはというと、何やら後ろめたそうな表情で顔を伏せている。
まあ、実質あのいじめっ子たちを追い払ったのは折原さんのようなものだから、それを気にしているのかもしれない。
「竜ヶ峰くんは本当に偉いと思うよ」
「……そんなこと」
フォローのつもりで言ったんだけど、彼はますます申し訳なさそうにしてしまった。
この手の子には無理やりにでも納得してもらいたくなるのだけれど、ほぼ初対面の私に言われたって説得力がなさそうだ。
ならどうしようかと考えていたら、私が何か言う前に折原さんが口を開いた。
「とりあえず、竜ヶ峰帝人君。俺が会ったのは偶然じゃないんだ。君を探してたんだよ」
「え?」
「……ああ」
今日の人探しっていうのは竜ヶ峰くんのことだったのか。
にしても、なんで――――
「え」
考えようとしたことを途中放棄してしまう出来事が起きた。
どこかで見たことのある、いや、二ヵ月前にも良く似た光景を見たような気がする。
これから起こることを考えて私は一歩退いた。
「がッ!?」
初めて聞いた折原さんの苦しそうな声に驚きながらも、自分がひどく緊張していることに気づく。
折原さんを襲ったのは、コンビニエンスストアのゴミ箱。それの平面部分がもの凄い勢いで折原さんめがけて飛んできたのだけれど……。
これって、もしかして。
ちょ、ちょっと待って心の準備というか、何の準備もできてないんだけどどうすればいいのかなこれ……。
あれが自販機だったら今頃折原さん死んでたよねとか折原さんが膝ついているとこ初めて見たとか脳震盪起こしてないかなとかそういうことも考えている余裕もない。
頭の中が完全に回っている。
ゆっくりと立ち上がった折原さんが目を向けている先には、
「し、シズちゃん」
「いーざーやーくーん」
長身で金髪でサングラスで、なぜかバーテンダーの服を着ている人がいた。
というより、平和島さんだ。平和島静雄さんだッう、うわ。じゃなくて、何でこんなに焦ってるんだ私。よくわからない、よくわからないけれどっ。
いや命の危険がとか、そういう意味ではなくて。
「池袋には二度と来るなって言わなかったけかー?いーざーやー君よぉー」
折原さんに微妙な危機が迫っているような気もするけど、あの人ならなんとかできる。そういう意味では、折原さんのこと信じてるからっ。
というわけで、私は逃げようとしていた。今回は声をかけるのは無理そうだ。状況的にも私の容量的にも。なんだか頭がパニックに陥っている。
なら逃げるしかないと思うのは私だけだろうか。
「シズちゃん、君が働いてるのは西口じゃなかったっけ」
「とっくにクビんなったさー。それにその呼び方はやめろって言ったろー?いーざーやーぁ。いつも言ってるだろぉ?俺には平和島静雄って名前があるってよぉー」
背筋が凍るような殺意の塊であるその言葉に回れ右をしようとした足が止まる。
このままいけば、確実にここは酷いことになるだろう。平和島さんは折原さんを目の前にすると歯止めがきかないようだし、折原さんはあんな感じだ。
それに、正臣くんたちを巻き込むのは可哀そうかなとか思ったりして……私は逃げるのをやめた。
それで、この二人を止められるのかと言われれば、答えはいいえ。そんなものできるわけがない。
「やだなあシズちゃん。君に俺の罪をなすりつけた事、まだ怒ってるのかな?」
「怒ってないぞおー。ただ、ぶん殴りたいだけさあー」
「困ったな、見逃してよ」
口ではそう言いながらも、折原さんはまたナイフを取り出している。見逃してほしいなら誠意を見せるべきじゃないだろうか。
ここは折原さんの服を掴んで強制退場させるべきなのか、いやむしろ私にそんなことができるのかと思っている最中。
「シズちゃんの暴力ってさー、理屈も言葉も道理も通じないから苦手なんだよ」
「ひッ……」
園原さんが、悲鳴を漏らした。多分、折原さんのナイフを見て驚いたのだろう。
これは良くない、か弱い女の子を怖がらせるのは非常に良くない。なら、私がひと肌脱ぐしかない。
自分に喝を入れて折原さんの方へ向かおうと歩きだしたそのときだった。竜ヶ峰くんも同時に足を踏み出して園原さんという子に『逃げよう』とでも言いたげな合図をし始める。
しばらくして帝人くんと園原さんという子が駆けだし、正臣くんもその後を追うように走って行ったのを見届けた後、
私は息をのみ、折原さんの名前を呼ぼうとした。が、
「手前がその気ならよぉ……もう殺される覚悟はできたってことだよなあ!?」
「え、ちょっと」
ナイフを取り出した折原さんに対し、平和島さんはいつぞやと同じように手近にあった道路標識を引き抜いて手に取った。
ま、待って待って!!そのまま投げられたら私の方にも来るからッ!
「お、折原さんっ、とりあえずナイフを置きましょう。これ以上刺激しない方が、」「あ、ユウキいたんだ」
「怒りますよ」
本気なのか冗談なのかよく分からないことを言って、折原さんはこちらへ振り返り、不敵に笑った。
その笑顔に良い予感は全くしない。
そんなことをしている間にも私の存在が眼中にない平和島さんは大きく振りかぶって。
道路標識を――。
「じゃ、ユウキ。俺の影武者よろしく」
「な」
肩を掴まれて折原さんの前に立たされた。しかも、逃げられないようにがっちりと肩を固定されている。
これは影武者じゃなくてただの盾なんですけどッとか思っている暇もなく目の前に道路標識が――。
「しまッ!?」
やっと私の存在に気づいてくれた平和島さんが焦ったようにそう言ったが、遅い。凄く遅いです。
ああ、さすがに頭が冷えたかな。折原さん、私がまだ生きていたらそのときは覚えておいてくださいね。
無駄だと分かってはいたけれど、とりあえず頭の部分を手で庇い、私は強く目を瞑った。
(再会はゴミ箱と共にやってくる)
挨拶もしてないのに。
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