ST!×1 | ナノ



「とりあえず、死ぬ前に何かしたいって事あるかな?」


 そうカラオケボックスの一室でマイクを手にして言う折原さんが、不可解でしかたがなかった。
 目の前の女性二人はその問いに首を振っているし、何もしない私だけが異質のように感じて、震えそうになった両手を握りしめる。


 まだ、この人はこんなことをしていたらしい。

 自殺志願者サイトに集まる人間を騙して、それをいいように弄び自分だけが楽しむ。
 そんな最低な趣味を。

 
「そう、でも、本当に僕なんかでいいのかな?心中するんだったらもっといい男とか沢山いるんじゃないの?」
「いないから死ぬんです」
「そりゃ正論だ」


 女性の言葉を聞き、折原さんは相槌を打って私に一瞥する。
 過去の自分と同じ状況にあるこの2人を私がどう見ているのか。それを問いかけられているような気がした。
 そして、この人はそれを面白がっている。

 あんなに嬉しかったはずのエプロンが入った袋を見ても、苦しくなるだけだった。
 『やめようかとも思ったけど』
 この言葉を信じるなら、どうしてその気が変わったんだろう。
 折原さんの知らないことがあったからか、ただ気まぐれに思いついたからか、私の何かが気に食わなかったからなのか。

 それとも、2人と話したから――とか。
 正臣くんとの会話を区切られたことを思えば、それも可能性のひとつではある。

 けれど、それがなんだ。

 結局この人は二か月前の延長線にいる私で遊んでいるだけ。
 それだけわかっていれば十分だ。もう何も考える気が起こらない。
 
 あの世、天国、闇、無、理由。そんな単語が飛び交っているけれど、どうでもいいことのように思えてしまった。
 目の前の2人は自殺しようとしているのに、それを止めるわけでもなく。
 折原さんが無茶を言っていることに、つっこみを入れるわけでもなく。


 ただ、怒声に混じる明るい声が、とても嫌だった。
 


「俺が勝手にあの世がないって思ってるだけさ。まあ、あったらラッキーと思うけどさ。その程度のもんだよ」



「でもさ、君らは違うじゃん。あの世も中途半端にしか信じてない。それとも君の信じている宗教派は自殺を肯定した上に『就職や恋愛に失敗したら死ぬと良い』とでも教えているのかな?それならば俺は何も思わないし立派だとさえ思うが――そうでないなら、まあその、黙れ」

  

「中途半端にしか信じていないヤツがあの世を語るのはやめようよ。それはあの世に対する侮辱だ。本当は死にたくなかったのに、他人の悪意に追い込まれて死んじゃった人たちに対する侮辱だよ」



 私が死のうとした時 その悪意の中に、あなたがいたと思うのは 気のせいですか



 ♀♂





「ずいぶん静かだったね、もしかして寝てた?」


 楽しそうにそんなことを言う折原さんの顔なんて少しも見たくなかった。

 目の前の女性二人は薬か何かで眠らされているようで、床へ倒れこむように眠っている。
 さっきは2人を殺すようなことを言っていたけど、本当にそうなのだろうか。だとしたら、この人をどうしてやろう。止めるとかそういう問題ではなくなる気がする。
 きっと、本気で言ったわけではないだろうけど。


「もしかして、怒ってる?」 
「……別に」


 怒ってはいない。


「じゃあ、面白い?」
「どこが」


 吐き捨てるように言う。


「じゃあ空しい?」
「……」


 ゆっくりと下げていた顔を上げて、その人と視線を合わせ、て、その無意味な笑みを、どうにかしてやりたくなった。
 どうすれば、どこまですれば、どうしてやれば、これは消えるの?

 そんなことを思っていたら、いつの間にか無言で隣に座っていたその人の肩を掴み、ソファの上に叩きつけていた。
 

「きみって男を押し倒す趣味ってあったっけ?」


 そう言って嫌な笑みを浮かべる折原さんと再度目を合わせる。
 確かにこの状況だけを見れば私が押し倒しているようにしか見えない。でも。


「折原さんは、私のことが嫌いなんですか」


 ふざけたことは言わないでください。


「全部知っていたのに知らないふりをして、助けるふりをして突き落として、転ばせた挙句勝手に立ちあがらせて、優しくしてくれるのにこうやって古傷を抉って」


 実は、本当は、どこまでが。


「どこまで嘘なんですか」



 私が好意的に見た、あれは。




「あなたも私に、全部、見せ掛けで、ぜんぶ」


 

 全部、ぜんぶ、何もかも。




「私を貶めたいからですか」
「違うと言ったら、それは嘘になるかな」


 折原さんは、まだ笑っていた。


「でも、全部が全部そうだってわけじゃない。俺はきみのこと、嫌いじゃないから」
「…………」





「だからって、きみのことが好きってわけでもない」





「……私と、同じですね」
   

 そう言って小さく笑ったら、それは違うとその人は言った。


「俺は愛してるんだよ、きみのこと」
「……は」


「人間っていう枠組みの中の一人としてね」


「俺は人間を愛してるんだ、君個人じゃなくて人間という種族が。君はその中でも少し特殊なだけでそれ以上でもそれ以下でもない。君を貶めるのは次に君がどうするのかを知りたいから、それを見るのが楽しみで仕方がないからだよ。何年も何年も人間を見続けてきた俺ですら、君のように興味深い、それでいて面白い人間がたくさんいる。かと思えば彼女たちみたいな簡単に思考も行動も読める陳腐な人間もいて、俺はそんな知る必要のない人間も愛してはいるけど興味というほどのものはないね。けれど君は面白い、現にそんな質問をしてくるとも思わなかったしね」


 だから、手元に置いておきたいんだよ。



 
 (カラオケボックスにて愛を語る)

    
 

ああ、なんだ。当たってたんだ。


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