ST!×1 | ナノ


「これなんか似合うんじゃない?」
「いやです」


 昼食を食べて片付けを終えた後、折原さんの提案通り池袋へ向かった。
 あまり周囲を見渡さないようにしていたら何度か転びかけたけれど、なんとか折原さんにはバレずに済んだ。そう思いたい。

 そして、現在。私はとある店で白い割烹着を差し出されていた。
 もはやエプロンですらないと思います。


「機能性を重視するなら、これが一番いいと思うけどね」
「というより、よくそんなもの見つけてきましたね」


 別にこの店はそれほど変わっているというわけでもエプロン専門店というわけでもない。
 のに、どうしてこんなものがあるんだか……。

 少し息をついてシンプルなものが置いてある棚を眺めてみた。


「私って、何色が似合うんだろう……」
「灰色?」
「…………」


 こちらの独り言に笑顔で答える折原さんの言葉へ、若干傷ついた。
 灰色って……この人の中での私は本当にどんな人間なんだ。


「ああ、今のはイメージカラーだから。似合う色はそれ以外もあるよ」
「フォローになってません」
「今のユウキなら、黄緑とか」 


 それは春らしくて、良い色だ。
 私は安心して黄緑色のエプロンがないか探してみる。


「まあ、2か月前の君なら間違いなく灰色だけどね」
「……2か月前とそんなに変わりましたか」
「変わってはいないけど、少しだけ冷静になれたんじゃない?」


 そう笑顔で付け加えた折原さんに、複雑な思いを感じた。
 変わってはいない。それは、そうだろう。たった二か月で、そんなにすぐに変われるわけがない。
 でも、この人に言われるのは、意味が違っているような気がした。

 思わず俯きそうになる気分を抑え、再び黄緑色のエプロン探しに戻る。
 そして数分経った頃。


「これ、いいですね」


 私は一つのエプロンを見つけた。
 折原さんの言っていた黄緑色で、上半身から膝あたりまでの丈があるもの。
 柄もロゴも入っていないが、私にはそれが魅力に思えた。


「随分と質素だね」
「シンプルと言ってください」


 そうきっぱりと言う私に対し、折原さんは少し考えるような素振りを見せて。


「これで決定?」
「はい」


 そう私の返事を聞いた後、その人は何も言わずに私の手にしていたエプロンを取り上げ、声をかける間もなく会計を済ませた。
 唖然としているこちらに返ってきたのは、可愛らしい紙袋に入ったエプロンのみ。


「もう少し時間はあるけど……とりあえずここを出ようか」
「あの、」


 腕をひかれてほぼ強制的に店を出ることになった。
 って、いやいや……っ。
 

「お金って、」
「俺が払っておいたから」


 私がすべてを言い終わる前に、折原さんはその質問を答えきってしまった。
 発言は最後まで聞いてほしいと思いつつも、本当に払ってもらってしまっていいのだろうかと首をひねる。
 家政婦的な仕事に対しての必要経費という考え方をすれば、構わないこともないような、やっぱり構うような……。

 そう迷い迷いで考えつつ、とりあえずお礼を口にする。


「その、ありがとうございました」
「どういたしまして」

 
 なんて愛想よく笑う折原さんの声は、本当に何でもないような調子に聞こえた。
 
 多分、この人にとっては、本当になんでもないようなことなんだろう。
 『見ているのが面白い』という理由で私のような人間を同じ場所に住まわせるくらいなのだから、いちいち意識するこちらの方が考えすぎなのかもしれない。

 けれど、誰かに何かを買ってもらったということは。
 それだけで少し嬉しくて、息が詰まるような心地がした。



 (なんでもない)



なんでもないから。


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