ST!×2 | ナノ


「そんなに怯えなくても大丈夫だって、切り裂き魔は池袋にしか出てないんだからさ」


 そう言って淡々とした笑みを浮かべている折原さんの方が、私は怖かった。
 切り裂き魔のことなんて少しも頭によぎっていない。
 

 部屋に戻るように言われて、見知らぬ来客がマンションを去った数時間後のこと。
 どこからか帰ってきた波江さんが部屋を開けて、呆れたような表情で「出てきなさい」と私に言った。

 それはもちろん折原さんに会うということだ。ずっと部屋でこれからどうすればいいのかと考えていたけれど、どうしても考えがまとまらない。あちらこちらに四散して、考えることをやめようとしてしまう。
 そしてそれを促す折原さんが、私には恐くて。あの人が何を考えているのかわからない。それが余計に恐くて。

 それでも待っている間ずっと、その部屋から出ようとは思えなかった。そしてその理由を考えることは放棄した。

 波江さんが帰り支度を始めている中で、ろくに目を合わすことも出来ずに折原さんと向き合っていると。

 「久しぶりに外に出てみない?」 

 軽い口調でそんなことを言われた。
 思わず「え」と聞き返し顔を上げると、その人はただただ笑っていた。

 「ちょっと近くのコンビニまでついてこない?夕食は波江が作ってくれたから、甘いモノでも買いに行こうか」

 ユウキ、そういうの好きだよね?
 私の返答を待つことなく上着を着始めた折原さんの言葉に、嫌という事なんてできなかった。
 どうしていきなり。こんな状況で折原さんの言うことを聞いて、良かった試しなんて少しもないのに。
 とっくに日が暮れて、街のネオンが眩しい歩道を歩きながらそんなことばかり考えた。
 
 この人は何がしたいのだろう。



 ♀♂



 帝人の友人らしき少女を切り裂き魔から救ったセルティは、その切り裂き魔が振り回していた包丁を自宅へと持ち帰った。
 罪歌は妖刀――――それなら、その本体であるこれさえ管理しておけば、事は終わるはず。そう考えての行動だった。
 だから罪歌についていろいろ調べてくれた新羅には申し訳なく思ったが、罪歌の習性や特異な愛情表現を聞いているうちに、大変なことに気付いてしまった。

 男の振り回していたこの包丁は、罪歌ではないと。

 新羅の話を聞けば罪歌は何十年も前から存在している。にも関わらず、その包丁は数年前に製造されたものだった。
 おまけにその切り裂き魔と思わしき男はいつぞやの雑誌記者で、一度被害に遭っている。
 これはつまり、どういうことか。

 切り裂き魔――――罪歌は、あの男だけではない。

 今、罪歌の行動を把握できる場所といえば、


『そうだ、チャットだ。チャットはどうなってる?』 


 急いでチャットページを開き、進行中のレスを確認してみると――――


『なんだ……こりゃ』


 罪歌というハンドルネームばかりが入室を繰り返している。
 失敗したという文字、よくも私の姉妹をという一文、静雄に会いたいという願望。見ていて『悪寒』を感じる、そんな書き込みばかり。
 その中にはやはり、『彼女』という言葉が何度も出てきていた。静雄と同じく会いたいと、愛し合おうと書かれている。
 静雄と並べられるような人間、しかも女――――?そんな人間が池袋にいるのかとセルティは疑問に思ったが、後半の書き込みを見て思考が一瞬途絶える。


{現れないと}
{私は他の人を愛するわ}
{誰でも、誰でも、誰でも愛するわ}
{皆で一斉に愛するわ}


 ・
 ・
 ・


{待ってるから}
{南池袋公園で}
{南池袋公園で}
{南池袋公園で、今晩ずっと待ってるから}
{あなたたちを待ってるから}


 ・
 ・
 ・
 

 現在書き込まれている全ての書き込みに目を通して、早く静雄に伝えなくてはと、
 静雄が別れ際に言っていた臨也に会いに行くという言葉(正確にはぶっ殺しに行く、だったが)を頼りにそこへ向かうことにした。

 しかしこのときすでに、池袋で54人もの人間が各所で同時に辻斬りに遭うという、池袋の傷害事件で最悪な部類に入る事件が発生していたのだった。



 ♀♂



「あの、こんなには食べられません……」
「なら明日も食べればいいんじゃない?」


 コンビニのデザート全種類制覇という夢のようなことを叶えてくれたのは、最悪な状況に置かれていたはずの折原さんだった。
 どうしていきなり。もう訳が分からない、何がしたいんだこの人。手にしているコンビニ袋を見て、視界がグルグルと回る。
 こんな風に意味も分からず急に優しくしてくるから、どうにもできないのだ。どうにかしようと思えなくなるのだ。
 今だってこのままいけばなんとかなると現状に甘えて、同じ事を繰り返すに違いない。それが良いことなのか悪いことなのか、答えは明確に出ているはずなのに。

 それでもあえて、私は自分からこれを選ぶの?


 まさか。


 独り言を呟いて私は首を横に振った。
 駄目だ。そんなことは駄目だとわかっている。「折原さんだから」と言っていられるものではない。わかっているはずだ。

 私は、私が、どうしてここにいるのか。
 どうして、ここにいることができるのか――。
 

「……何なんだろうねえ、あれ」


 苦笑交じりな折原さんの声に、はっとして視線を上げる。


「放っておいて、警察が来るのを待つべきかな」


 そこには今にもマンションの扉を蹴り破ろうとしている平和島さんがいた。
  
 

 (存在理由)



あなたはどうして、


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