ST!×2 | ナノ
「首を見つけられると面倒だし……ユウキ、そこの路地にでも――」
隠れておけと言われたなら、私は一体どうするつもりだったのだろう。
折原さんと平和島さんが二人だけになってしまえば何が起こるのか、考えなくても分かってしまう。
けれど平和島さんの姿を見て、私はひとつ思い出したことがあった。最後にその人と会ったあの日に、本当に温かかった手のことを。
そういうものに胸がいっぱいになったことを。
ここで会うことをしなければ、それはそれできっと楽なのかもしれないけれど――。
「――と思ったけど、やっぱりやめ」
「……え」
苛立たしそうに言いながらも笑みを浮かべる折原さんに腕を引かれ、私は考えを整理する間もなく、平和島さんの下へと向かう羽目になった。
あれだけあの人との接触を邪魔しておいて、どうしていきなり。
これは行かない方がいいのかもしれない。そう思ったときには、すでに平和島さんとの距離は数メートルとなっていた。
「なーんで、シズちゃんが俺のマンションの前にいるのかな?」
苦々しげに呟かれたその言葉に、平和島さんがゆっくりとこちらへ振り向く。
その人の視線は折原さんを捉えた後私に向けられて、当たり前のように目が合った。
『何でお前がここにいるんだ?』
そう言われているような気がした。
平和島さんには、折原さんと暮らしていることは話した記憶がない。驚かれるのも無理はないけれど、あの日にもらった忠告が頭の中で反響する。
結局、私はそれに耳を貸さなかったのだ。
「……お前を殴りに来たからに決まってんだろう」
「なんで、殴られなくちゃいけないのかな?」
「ムシャクシャしたからだ」
「……いい年してそういうジャイアニズム100%な台詞は良くないよシズちゃん」
「うるせえな。……つーか、何でユウキがここにいるんだ?」
当然口ごもる私を放って、折原さんは言う。
「同棲してるからだけど?」
「はあ……?」
おそらく向けられているだろう視線に、私は俯く。
ああ、でも、本当に、このままでいいのか?
「信じられないなら、新羅あたりにでも聞けば?ユウキが風邪引いたときに見て貰ったことがあるから。だよね、ユウキ」
「!?」
数時間前と同じように肩を掴まれ、身体が震える。
このままずっと、そうして怯えたままでいいのか?
「そ、そういう……わけじゃ……」
「ないってことはないよね。なんなら、シズちゃんにきみの部屋でも見せる?」
俺は絶対に嫌だけどね。
そう言って笑みを浮かべる折原さんを見上げ、頭がぐらつく。
この人の言葉に、ずっと翻弄されたままでいいの?
「……池袋の辻斬りの件で手前に聞くことがあったんだが」
静かながらも殺気の籠った声が聞こえた。
思わず視線を向けた先では、ひどく憤ってこめかみに青筋を立てているその人がいた。
ああ、でも、駄目かもしれない。
私はもうあの人の忠告を、どれだけ裏切ったか知れないのだから。今さら迷ったところで、遅いのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、その人はこちらに辿りついて――。
「まずは、手前を殴ることから始めてやる」
そう言いながらも平和島さんが掴んだのは、私の右腕だった。
殴られるの、私?
それも仕方ないのかと腕を引かれてそのまま体を傾けた時、すぐさま左腕を誰かに掴まれた。
「なるほどねえ」
苦々しくそう笑みを交えた折原さんは、苛立つように私の左腕を握りしめる。
「間違えて彼女を殴らないようにっていう配慮は立派だと思うけど、拐かされると困るんだよ……その手、放してくれない?」
「手前こそ、こいつになに吹き込みやがった?くだらねえ暇つぶしにこんなやつ巻き込んでんじゃねえよ、なあ臨也くんよォ?」
「そんなこと、シズちゃんに口出しされる覚えはないんだけどなあ。そもそもいつの間に仲良くなったわけ?俺が不在の間にでも、余計なことをしてくれたのかな?」
「それこそ手前に言う筋合いはねえ」
一体、これは、どういう状況なのだろう。
私を挟んで一触即発の二人だが、なぜ私が間にいるのか。
折原さんは平和島さんの思うようにされたくないだけなのかもしれない。平和島さんも、善意で折原さんから私を引き離そうとしてくれているのかもしれない。
けれど、このままではいずれにしたって、状況は悪くなる一方だ。
「さっさと放せよ、手前を殴るに殴れねえだろうがッ!?」
「ってことはつまり、ユウキを放した瞬間殴られるってことかな。まあ、放すつもりも殴られるつもりもないから――」
そう言ってにこやかに笑いながら折原さんが取り出したのは。
「先手を打たせて貰おうか」
ナイフだった。
煌めくその切っ先には見覚えがあり、それに殺されかけたことを思い出す。
その恐怖を思い返して、思わず「やめてくださいッ」と悲鳴にも近い声が上がった。
「そう思うなら、シズちゃんの手を振り払った方がいいんじゃない?」
君がいると、避けるに避けられないだろうから。
脅迫に近いことを言って笑みを浮かべる折原さんに、私は左手を強く握りしめた。
私はこんな人の傍にいて。
この人しか私のことを知らないから、どうしても離れられなくて……それが、私があそこにいる理由だったのだ。
じゃあ、そうだ。折原さん。
「…………らい」
「……なに?」
あなたはどうして、私を傍に置いてくれたんですか。
「そんなところが、嫌いです」
それってきっと、私が飛び降りたあの日から変わっていないんでしょう?
――そうして私は、折原さんの手を振り払った。
(あなたの理由)
何かが外れる音がした。
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