ST!×2 | ナノ


「やあ……君から会いに来てくれるなんて嬉しいよ」

 
 にこやかにそう言った臨也に対して、客人であるセルティは心の中で溜息をついた。
 罪歌のことを探るためにここへやってきたのは自分だが、それでもやはり率先してこの男に会いたいとは思えない。


『お前に依頼された仕事の件で、先月会ったばかりだろうが』
「まあいいじゃない、あの時は殆ど世間話もできなかったんだから。……ところで、どう?あの矢霧製薬の事件からもうすぐ一年経つけど……『首』は見つかったかい?」


 皮肉めいた言葉と共に自分には飲めない茶を出され、臨也の性格の悪さを再確認した。
 それにしても、と何かを探すような動作をし、セルティはPDAに文章を打ち込む。


『私の首のことはいいんだ。……本件の前に、ユウキはどこにいる?』
「自室。彼女がどうかした?」


 何でもないように言う臨也に素早くキーを押して、


『会わせて欲しい』


 率直にそう伝えた。
 臨也とユウキが同棲しているというのは、例のカラオケボックスでの邂逅で知らされている。その後、新羅が風邪を引いたという彼女を診察するために臨也のマンションを訪れたことで、臨也の言葉が世迷言ではないことを知ってしまった。
 しかし、あまり干渉しすぎるのも良くないと新羅に言われ、これまでマンションに押しかけることは踏みとどまっていたのだ。
 
 それに加えて、ユウキのチャット参加頻度数も明らかに落ちている。
 本人が飽きてきたというのなら別だが、仕事が忙しいという言葉を信じるなら臨也絡みの可能性が高い。
 そしてここ数ヶ月、池袋でユウキの姿を見たことがない。彼女を知る人間には尋ねてみたこともあるが、やはり彼らも見かけていないという。

 いや、一人だけ、最後にユウキに会ったという存在はいた。
 セルティ自身は二人の関係などまったく知らなかったのだが、雑談の拍子にふと、行方の気になる人物について話をしたことがあったのだ。
 名前と外見的特徴を伝えて返ってきたのは、夏休みの始まった頃に遊園地へ行ったというものだった。

 その雑談相手、平和島静雄の言葉にはひどく驚いたものの、それ以降は姿を見かけていないという。
 カラオケボックスでの一件を考えれば、臨也と暮らしているという彼女の安否がひどく気にかかった。

 だが、こんなことは臨也に聞いてもはぐらかされるに決まっている。
 罪歌の情報を得るこの機会に、ユウキ自身へそれを確かめようと思っていた。


「悪いけど、それは遠慮してくれないかな」
『どうして?』


 悠々と笑う臨也に対し、セルティはヘルメットを傾ける。


「あんたには関係ないことだよ」


 笑っていない目でそう言い放ち、それからはユウキのことに一切答えなくなってしまった。



 ♀♂



「愛し合ってる、ねえ……」


 セルティが部屋を去った後、臨也は自分しかいない部屋でひとりそう呟いた。
 それは新羅を少し貶めるようなことを言っただけで自分のこと以上に憤慨し、新羅がそう言うなら首さえいらないと言ったセルティへ自分がかけた言葉。
 片方は変人でもう片方は人ですらないのに、それでも恋人という関係を保ち、愛し合っている。

 いつもなら、そんなことは面白いとしか思わないだろう。それ以上のことなんて考えずに、ただ興味深いと笑うだけだ。

 しかし、今日はユウキの顔がちらついた。

 だからといって、彼女とそういう関係になりたいわけではない。
 ユウキが自分を愛してくるようになれば、それはそれで面白い、その程度のものだ。
 とはいえ、連絡手段を奪って無茶なことを言っているにも関わらずここを出て行かない彼女だが、その行動理由に『愛』なんて言葉は一切含まれていないだろう。


「まあ、出て行けない理由を作ったのは、俺だけどさ」


 それが愛でなくとも、彼女が自分から離れられないのは事実だ。
 突き放して引き寄せて突き放して、その繰り返しを歩んでいるのに、徹底的に反抗しようとも憤慨しようとも出て行こうともしない。
 数日泊めて貰うだけの知り合いはとうに出来ているのだから、再会した直後のように帰る場所がないというわけでもないだろう。

 なら、なんのためにここを出て行かないのか、出ていかないくせにどうして素直に従わないのか。
 

「なんとなく、本人も気づいてるだろうけど」


 だからきっと、彼女辛いのだ。なんのために自分がここにいるのか、どうしてここが自分の居場所になってしまったのか。気づきかけているから、抉れた古傷から血が流れ出す。

 自分にはここしかない。声を聞かせられる相手は一人しかいない。
 別の誰かに近づくことはできない。こんな自分はきっと誰にとっても迷惑だから。


「きみは寂しがり屋だからねえ」 


 過去にそこから救ってもらった少女は、二度目に落ちた穴の中から手を出すこともできないのだ。

 本当は周囲にいくつもの人影が交差しているというのに、そこにいるせいで上から見下ろしている人間の顔しか視界に映らない。

 もしも穴の外から手を伸ばしている存在を知ったなら、彼女は一体どうするのだろう。それでもまだ蹲り続けるのか、その手を掴んでしまうのか。

 いずれにせよ、今の彼女は穴の外のことなんて、たったひとりしか知らない。 
 そうして抜け出せない自分を否定しながら、ずっと藻掻き続けている。 
 
 
「ただ、単なる従順な人形に成り下がるのだけはやめてくれよ」


 ――俺が見たいものは、そういうものじゃないから。



 (あくまで君は観察対象)



 ならあなたはどうして、


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