ST!×2 | ナノ
さすがに、これは鬱陶しい。
今まで幾度となくかけられてきた折原さんからの制限に、私は初めてそう思った。
これまでは「折原さんは折原さんだから仕方ない」とほとんど諦めに近い形で納得したりそれを承知で破ったりしていたが、今回ばかりは破ることも出来ずただそう思うことしかできなかった。
それは不憫な新聞記者がマンションを訪ねてきた日から始まった。
本当のところはその同日にあったチャットの後からかもしれないが、日付的には同じ事なのでいいだろう。
そのチャットで平和島さんの名前があまり良くない(というより最悪な)タイミングで出てきてしまったため、すぐにでもそれを平和島さんに伝えようとしたのだ。
あの人のことだから滅多なことはないと思うけれど、用心するに越したことはない。だから、折原さんの呼び出しが終わったら連絡をしようとした。
そして、その直後、折原さんに携帯電話を没収された。
マンションから出られない私にとって、唯一外界と繋がっているものなのに、それを没収されるというのはかなり痛い。
電話をかけるのはもちろん、メールやチャットをすることができない。
折原さんも波江さんも連絡は携帯でしかとらないので、備え付けのモノもここにはない。
そうなれば、駄目もとでも――。
「波江さん、携帯電話を貸して下さい」
「嫌よ」
私の注いだ紅茶を飲みながら、こちらに視線をくれることなく波江さんはそう言った。
「どういう経路で貸したことがばれるか、分からないもの。そもそも、あんな男への連絡に私の携帯を使うなんてありえないわ」
冷静に言う波江さんに、本気で拒絶された。
ちなみに、貸した場合は減給なんだそうだ。
「……でも、やりすぎじゃないですか。これ」
「別に、いつも通りじゃない?」
今に始まった事じゃない、とでも言いそうな口ぶりで話す波江さんにそうかな……と小さく眉を潜める。
外出のときは波江さんといること、とか、平和島さんや正臣くんに近づかない(実際に言われたわけじゃないけど、言われたも同然)とか……(全部破ってきたけれど)。
……あれ?確かにいつも通りのような気がしてきた。
それでも、連絡することを諦めるわけにはいかない。赤い眼のあれが罪歌なら、本当に危険だ。
波江さんは強敵だが、話しの通じない人ではないと思いたい――そう口を開けかけたとき、玄関のセキュリティが解除される音が聞こえた。
「残念だったわね」
「…………」
♀♂
「携帯電話、返して下さい」
「その様子だと、波江には断られたみたいだねえ」
意地の悪い笑みを浮かべて、折原さんはそう言った。
遠回しに他の手段で連絡を取るより、ダメ元で直接話し合うことにしてみたのだけど……いけるのかこれ大丈夫なのかこれは。
「……あの、もう一度取り上げられた理由を教えて貰えませんか」
「せっかくシズちゃんが死んでくれそうなのに、きみに余計な入れ知恵をされると困るから」
「平和島さんの電話番号もメールアドレスも知りません」
「きみって真顔で嘘付くよね。ねえ、嘘吐きなユウキちゃん」
そう嘲るように笑う。
「君が誰と連絡を取っているかぐらい、知ってるんだよ。俺は」
表情に似合わない低い声が聞こえた。
それを聞いた瞬間に怒りや苛立ちは綺麗に失せて別の感情が膨れ上がり、身体が強ばる。
知ってる――具体的な方法を聞くまでもない、この人は情報屋の折原臨也なのだから、聞くまでもなく分かり切っていた。
はったりなのだとしても、私はすでに困惑を見せてしまっている。もう誤魔化しはきかない。
「波江さん、ちょっと席外してもらっていい?」
「うるさいわね」
ずっと黙って仕事を進めていた波江さんが、書類をいくつか抱えて部屋から出て行った。
無音の部屋の中で自分の心臓だけがうるさいく鳴っている。
「あのさあ、ユウキ」
間近で聞こえた声に肩が震えて、反射的にその場から退こうとした。
けれど、その瞬間に折原さんに肩を掴まれて身動きがとれなくなる。
「電話番号って自分で調べたの?それとも本人から聞いたわけ?」
絡みつくような言葉に息が詰まりそうになった。
もちろん折原さんの顔なんて見ていられるわけがなく、ずっと視線を降ろして考える。なんて、こたえればいいの?
もしもこれまでばれていたら、嘘なんてつけない。でも、知らなかったなら……。
結局どっちにしたって。
「まあ、不快なことに変わりはないんだけど」
だから、やっぱり答えなくて良いよ。
そんな言葉に安心している余裕も与えられない。
「俺は、ユウキがそれをまだ持ってることが不愉快だから」
不愉快――。
「ユウキもシズちゃんも俺を不快にさせるのが本当に得意だよね。もっとも君の場合はシズちゃんと絡んだときぐらいなんだけど、それでも全部が全部シズちゃんのせいだとは思えないからさあ……」
掴まれた肩がじわりと痛む。急に力をかけるわけではなく、ゆっくりと、それでも確実に痛みが増していく。
「きみは嘘吐きだね、本当に。俺がそれに気づいてないとでも思ってた?いや俺は別にいいんだけど、きみ自身にとって、それって意味あるの?少しも近づけない人間と関係をもったって、結局きみが苦しいだけじゃないか」
「そ、そんな、の」
「わかりきったことだよね? ねえ、少しはどうしてきみがここにいるのか、考えてみなよ」
私がここに、いる理由。
視線は少しも上げられず、ただぐらつく視界には床が広がっていた。
私はどうして。
考えたくない。頭が痛い。息が詰まる。やめてよ、私がここにいる理由なんて、そんなの――。
「きみのことを知ってる人間が、俺しかいなくなったからだろ?」
「やめてくださいッ!」
それ以上は聞きたくない。
わかってる、わかってる、このままじゃ駄目なことぐらい、わかってる、わかってる、けど、でも、本当に、私のことを知っているのはもうこの人しか――。
どうしようもなくて、その人から逃げ出そうとした瞬間。
来客を告げるチャイム音が室内に響いた。
(はっきりしない、そのための逃避行)
それでもここにいる理由?そんなの、決まってるじゃない。
*前 次#
戻る