ST!×2 | ナノ
今日こそはチャットに参加しよう。
不憫な雑誌記者の男が尋ねてきた同日深夜、私はそう意気込んで、皆が集まる定時を待っていた。
罪歌と名乗るレス主のことは気になるけど、ここ数日折原さん、波江さん以外の人とはまともに接触していないので、これはまずいと思い始めていた。
今日だって、結局平和島さんには電話をかけることができなかった。
なんでも波江さんが外出先からそのままホテルに帰るとかで、事務作業が全て私に回ってきたのだ。折原さんと同じ部屋では、電話なんかかけられるはずがない。
波江さんが毎回3時間で終わらせていた仕事なんて、私がその通りにできるわけもなく……その1.5倍時間がかかってしまい、午後は丸つぶれとなった。
「……凄いな、波江さんは」
本当に、私なんかには真似できない人だ――誰も来ていないチャット部屋を見ながら、そう思った時だった。
【こんばんはー。誰かいませんか?】
打ち込まれたそれに、私は待ってましたと画面を見つめた。
♀♂
――ユウキさんが入室されました――
〈ここにいます〉
【あ、お久しぶりですね。ユウキさん】
〈おひさです。最近、忙しかったもので〉
【お仕事、ですか?セットンさんも心配してましたよー】
〈お騒がせしてすみません。ただ時間がなかっただけなので〉
【そうだったんですか、お疲れ様ですね】
――セットンさんが入室されました――
【セットンさん、こんばんは】
〈こんばんはーお久しぶりです〉
[ばんわー]
[ユウキさん、本当に久しぶりですねー]
〈ちょっと、いろいろありまして〉
〈でも、絶対に今日は参加しようと思って〉
[体はこわさないようにしてくださいね]
〈はい〉
――甘楽さんが入室されました――
《私のいないすきに来ないでくださいよぅ!熱烈お帰りなさいレスを用意してたのにっ》
【甘楽さんは、今日もいつも通りですね……】
[変にテンション低くても、それはそれで怖いですけど]
《太郎さんとセットンさんがいじめるううう》
《ユウキさん、助けてっ》
〈あ、うたた寝してました。もう一回言って下さい〉
《チャットなのに!?》
内緒モード【もしかして、ユウキさんにばれました?】
内緒モード《まあね。前々から気付いてはいたみたいだけど》
内緒モード《なんで?》
内緒モード【急に反応が冷たくなったような気が……】
内緒モード《やっぱりわかる?》
《そういえば、知ってますか!今日の通り魔の被害者、あの『東京ウォリアー』で、東京災時記の記事書いてた人らしいですよ!》
〈へえ……〉
【へー。雑記の記者さんなんですか】
[……え、本当ですか?]
《もー、私が嘘ついたことなんてありましたッ?》
[無事なんですか?]
《なんかなんかー、意識不明の重体らしいですよ!よくわかりませんけど、刺し傷以外にも、なんだか体中に擦り傷があったって。》
《でも、その傷はもうかさぶたになってたから、きっと昼頃に受けた傷なんだろうって話ですよ!》
[そうですかー]
〈ちょっと心配ですね……〉
【?二人とも知り合いなんですか?】
[あ、いや……その記事のファンだったんですよー]
〈私も読んだことがあるだけで〉
【へえー、皆さん読んでるんですね。今度買ってみようかな……】
【それにしても、最近本当に通り魔怖いですよね】
〈夜道には絶対注意しないと。っていうか、一人で出歩いちゃ駄目ですよ〉
《ほんとです!特に女の子の一人歩きは危ないです!》
[うーん。警察にはがんばって欲しいですよねえ]
――罪歌さんが入室されました――
《キタ――――ッ!》
[あ]
【あれ?】
{斬った}
{今日、斬った}
《斬りたいのはこっちだってんですよ!もー!》
【なんなんですか?一体……ログで見かけましたけど】
《ここんとこ、池袋関係の掲示板やチャットを荒らしてる奴です!》
〈……荒らしは、いやですね〉
[罪歌さん、ばんわー]
{人、斬った。でも、まだ、駄目}
《本当にいやったらないですよ!》
《セットンさん無駄です。こっちのレスには反応してくれないんですぅ!》
[プログラムかなんかですかねー]
{もっと、愛さないと}
《そうかもしれません》
{強い人、好き。だから。強い人、愛したい}
【なんだか不気味ですねえ】
《でも、前よりも少し、文章がまともになってるような……》
内緒モード〈あの、今退室したら怪しいと思いますか?〉
内緒モード《ああ、ちょっと様子を見た方がいい》
内緒モード《君は名前がばれたら一発なんだし》
内緒モード〈ハンドルネーム、考えます〉
内緒モード《俺がつけてあげようか?》
〈制限とか、できるといいんですけど……〉
【確かに。アクセス禁止とかできないんですか?】
《んー。やってますよ……でも、駄目なんです》
内緒モード《冗談だって》
内緒モード〈そうですか〉
{もっと、斬らないと}
[あ、そうなんですか]
《リモートホスト単位でアク禁にしてるんですけど、すぐに別のホストから入ってくるんです》
【?プロキシですか?】
{近づかないと。見つけないと}
《んー、串でもなさそうなんですよねー》
《ただ、共通してるのは、全部池袋周辺のホストから接続してます》
《だから、犯人がこの辺に住んでる奴って可能性は高いと思います》
《もしかしたら、漫画喫茶をハシゴとかしてるのかも》
{強い人に。彼女に}
[他のとこも対応に苦慮してるみたいですねえ]
【……でも、ユウキさんの言うとおり、人を斬ったのなんだのって……】
《……そうですよね》
〈何か関係があるんでしょうか、通り魔と〉
【通り魔そのものだったりして】
《あはははは。それナイス》
〈笑い事じゃありません〉
[……でも、そう考えたくもなりますよね。どう見ても異常ですもん、これ]
{斬る続ける}
【斬る続けるって】
{強く、なる。探す、さがす}
[……本当に、切り裂き魔と関係あるような]
【でも、『彼女』とか『探す』とも言ってますよね……】
【まさか、その人を探して斬り続けてるとか】
〈なんで?〉
【それは、わかりませんけど……】
《『強い人』の中に『彼女』っていう人が入ってるだけだと思いますよ、多分》
《そう言えば……私が新しい被害者が出たっていう日に必ず出てますよね》
【なるほど】
【必ずっても、まだ二回じゃないですか】
《じゃあ、やっぱり怪刀ですよ!怪刀がキーボードをカタカタ打ってるんですよ!》
〈怖ッむしろ気持ち悪ッ〉
[化け物はネットなんかやらないでしょー]
[ユウキさん、こういうのは怖がったら相手の思うつぼですよ]
〈思うつぼ、ですか〉
《やだなあ、セットンさん!呪いのメールとか知らないんですかー?》
[いや、そんなこと言われても……]
{もっともっともっともっともっともっともっともっともっと}
【でもこれ、落ち着くまでいったんチャットから退室したほうがいいんですかね】
《あ、大丈夫ですよ。いつもどおりなら、そろそろ退室すると思いますから》
{最後に、近づく、斬る、私、愛する}
{目的、見つけた、愛する、見つけた、ひとり}
{静雄}
{平和島}
{平和島、静雄}
{平和島平和島平和島平和島平和島平和島平和島平和島平和島平和島平和島}
{静雄静雄静雄静雄平和島平和島平和島平和島平和島平和島平和島平和島静雄静雄静雄}
内緒モード《大丈夫ー?》
内緒モード〈一応……〉
内緒モード《よかったじゃん、標的変わったみたいで》
内緒モード〈どこも良くありません!〉
【え?静雄さんの知り合いなんですか?】
{静雄、静雄、静雄}
内緒モード【……臨也さん】
内緒モード《……言いたいことは分かるけど、こっちが聞きたいなあ》
{母}
{母の望み、それ、私の望み、同じ}
{母が人を愛するから、私も愛する}
{彼女、何処、何処、誰}
{強い人、愛する、母の望み、私も愛する}
{愛する愛する愛する愛するその為にその為に生まれた生まれた生まされた私私我我我}
内緒モード《ちッ、シズちゃんの関係者か……?》
内緒モード《いや……シズちゃんがこんなウザい奴生かしておくわけないか》
内緒モード【とりあえず、落ちた方がよさそうですね】
【じゃあ、一旦落ちます―――】
[あ、じゃあ私もー]
――罪歌さんが退室されました――
――太郎さんが退室されました――
[ありゃ、ちょうど……]
〈突然来て、突然出て行くんですね……〉
《どっちにしろ、今日はこれで解散ですねー》
[はいなー]
[ユウキさん、時間ができたらまたきて下さいねー]
[おやすー]
《おやすみなさい〜》
〈どーもです。おやすみなさい〉
――セットンさんが退室されました――
《それじゃあ、私たちもこれでお別れってことで》
〈はい、おつでした〉
内緒モード《これ終わったら、すぐにリビングまで来てね》
内緒モード〈……了解〉
《あんまり来ないと甘楽ちゃん泣いちゃいますからねっ》
〈じゃあ、甘楽さんのいないときを見計らってきますね〉
《ううッ、あんなに素直だったユウキさんがぁっ!》
《たまにはデレてくれないと、内緒モードでいじめちゃいますよぅ?》
〈管理人さんが何するつもりですか〉
〈おつでした!〉
――ユウキさんが退室されました――
《あーあ、怒っちゃった》
《ではまたー♪》
――甘楽さんが退室されました――
――現在、チャットルームには誰もいません――
――現在、チャットルームには誰もいません――
――現在、チャットルームには誰もいません――
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(これはもしや、どこでもいっしょ……?)
「文面の方が感情豊かだよね」
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