ST!×2 | ナノ


「池袋最強、ですか」
「そう。きみは誰だと思う?」


 マンションから一歩も出ない生活が始まって数日たったある日、折原さんにそんなことを聞かれた。
 ちなみに、波江さんは仕事で外に出ているため、まだ帰ってきていない。つまり、いつものように折原さんとふたりだけだ。

 それにしても、池袋最強か。改めて聞かれると、誰だろう。


「それは、平和島さんかサイモンさんじゃないですか」
「へえ、理由は?」
「平和島さんが強いっていうのは、何度か会えば分かりますよ。サイモンさんはその平和島さんを止められる数少ない人なわけですし、自然とそういうことになるでしょう」


 空になっていた折原さんのティーカップに紅茶を淹れながら答えた。
 

「でも、それだとサイモンの方が強いって事にならない?」
「それは平和島さんにしてもサイモンさんにしても、私には知らないことが多すぎて。判断なんかつきませんよ」  
「ふうん。まあ、君の考えは分かったよ」


 そう言って、中身の満たされたティーカップに口を付ける折原さん。

 まあ、もしここで新宿最強が誰なのかと聞かれたら……間違いなくあなただと断言してしまうかもしれない。そもそも、新宿にどんな猛者がいるのかも私はよく知らないのだけれど。
 そういえば折原さんも昔は池袋に住んでたのだったか。もしも平和島さんと折原さんを較べるとしたらどっちの方が強いんだろう、総合的に。

 それが試される日なんて、絶対に来て欲しくはないけれど。


「どうしてまた、そんなことを聞くんですか」


 いつぞやと同じように、一見乱雑に置かれている例の将棋盤と混沌とした駒に眼を向けている折原さんは、少し視線をこちらへやった。


「なんかさあ、今日いたるところで“池袋最強は誰だ?”って聞いてくる男が出没してるらしくてね。君はどう答えるのかなと思って」


 そう言って、面白そうに笑った。


「まあ、そんなのはどうでもいいんだけどね。最終的にシズちゃんに行き当たって、ぶん投げられるのがオチなんだろうし」
「妥当ですね」


 あとで平和島さんに電話でもいれようかな、変な男がそっちに行くかも知れませんと。
 伝えたところで意味はないかも知れないけど、これぐらいなら電話をかけられるかもしれない。

 そんなことを考えながら台所へ向かおうとしたとき、この部屋のインターフォンが鳴らされた。



 ♂♀



「誰から、俺の話を聞きました?」

 
 手で将棋の駒を弄びながら淡々とその男は口を開いた。


「住所まで知ってる人間は、よほどのお得意さんという事になるんですがねえ……」


 つい先程この部屋を尋ねてきた雑誌記者の男は、新宿の高級マンションの主からも情報屋という肩書きからも年齢不釣り合いな男と対面し、素直に驚いていた。
 この男――折原臨也の名前は、今日の『池袋最強は誰か』という取材にも度々登場した名前だ。
 あまり良い話も聞かなかったが、具体的な武勇伝を聞いたわけでもない。ただ、『できるだけ関わり合いたくない』ということをほとんどの人間が言っていたように思う。
 
 それにしても……。
 雑誌記者の男は折原臨也の横にぽつんと立っている女に目を向けた。

 彼女は秘書か何かなのだろうか。どことなく高校生にも見えるが、雇い主が若ければその秘書も若いというだけなのか。
 ここまで考えたところで、無用な詮索はやめようと、臨也の言葉に男は返答した。


「まあ、情報元は秘密ですから……」


 本当のところは寿司屋の大将から聞いたことなのだが、記者としてそこは伏せる。
 すると、青年の方は真意の読めない笑みを浮かべ、隣にいる彼女は特に表情を揺らすことなく呆れたような目で記者の男をじっと凝視していた。
 それはどこか哀れんでいるようにも感じられる。


「情報屋に対して『情報元は秘密』ときましたか……ま、いいですけどね」
 
 
 そう言って、何故か王将が三つも置かれている将棋盤を男と挟むように、臨也は腰掛けた。
 ことの経緯を寿司屋の大将の部分を伏せて男が説明すると、どうやら臨也は男の記事を読んだことがあるらしく、こう言った。


「東京災時記、ですよね。東京で起こった妙な事件とか、チーマーとかを紹介して回る……ユウキ、この間読んでなかった?」
「暴走族特集の部分だけですが」

    
 記者の男は、このとき初めて女の声を聞いた。男に負けず劣らず淡々とした口調……もしかすると彼女は秘書ではなく、兄妹……?
 いや、それにしては外見があまりにも似ていない。余計な詮索はやめようとは思っていたのだが、特に意味もなく気になってしまった。


「きみってバイクに興味あったっけ?」
「いえ、まったく」


 記者のことなどお構いなしに、意地悪げな笑みを浮かべてそう言う臨也と少し眉を潜めて言った彼女に、なんとなく男は察しが付いた。
 ということは、自分は今、ただ惚気を見せつけられているだけなのかもしれない。どことなく来る場所を間違えてしまったような気分になり、男は出口へと目線を移す。


「ああ、そういえば次号は雑誌をあげて池袋特集とか書いてありましたね」


 いきなり話しを戻され「え、ええ」と少しまごつきながら言葉を返した。


「それが解っているなら、お話は早いかと思いますがね」


 やや脱線したものの、話しはうまく進みそうだと男は安心していた。

 しかし。


「高校生のお子さんはお元気ですか?」
「なッ……」
「粟楠会の四木さん、優しい人だったでしょう?」
「……」


 女の方がついたと思われる溜め息の意味を、そして哀れんだ目でこちらを見ていた理由を、男はやっと理解した。
 あの粟楠会の幹部が記者の男に余計なことを書かせないようにするため、彼の娘を半ば人質のように話へ出してきたときに、こちらも『独自の情報網』を持っているのだと言っていた。
 つまり、その『独自の情報網』とは他でもないこの折原臨也だったのだ。

 彼女が呆れていたのも無理はない、それほどマヌケなことを自分はしたのだから。
 
 怒りや悔しさ、そして一抹の恐怖を感じ、いったいどんな表情をすればいいんだと考えている男へ、臨也は構わず話しを続ける。


「ま……いいですけどね。池袋最強、ねえ。あの街で強い人はそれこそゴロゴロいますけど……そうですねえ、一人だけっていうなら……。素手の喧嘩ならサイモン。何でもありなら――――シズちゃんだなあ……やっぱり」
「シズ……ちゃん?」
「平和島静雄さん、のことです」


 注釈を加えてくれた彼女の言葉に続き、


「もっとも、今は何の仕事をしているのか知らないね。知りたくもないし」


 そんな臨也の言葉に、男はまた『ヘイワジマシズオ』かと頷いた。
 今までの取材で一番多く上がった答えは、実はその人物なのだ。いったい、どんな男なのだろう。
 

「あの……その、シズオさんっていうのは、どういう人なんですか?」
「話したくもないね。あいつのことなんて俺が知ってれば十分だ。ああ、一応言っておくけど、こっちの彼女に聞いても無駄だから」
「いや、そこをなんとか」
「俺は奴が苦手だから奴の情報を知ろうとするけど。それだって十分不快なんだよ……」

 
 全く乗り気ではない相手と肩をすくめている彼女から何かを聞き出すのは容易にはいかなかったが、しばらく粘った結果。


「解ったよ。俺も色々忙しいから、あいつと仲がいい奴を紹介してやる。……そんなに知りたいんだったら、あとはそいつに聞きな」


 妙な笑みを浮かべて携帯を取り出した臨也にやっとかと男は息をついた。
 これ以上食い下がって、こんな男と厄介なことになるのもご免だと思い、記者の男はただ臨也の言葉を待つ。
 その最中、男が一口も飲んでいない紅茶を取り下げた女は――。


「怒らせない程度に」


 それだけ呟き、部屋の奥へと行ってしまった。
 

 ――……一体どうしろというんだ。




 (それはまるで、これから起こることを示唆するような)




「折原さんの言ったとおりのオチになるなあ、これ」



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