ST!×2 | ナノ
何なんだこれは。
携帯電話で開いたばかりのチャットページを、私はすぐさま閉じてしまった。
毎日この時間はチャット部屋へ行き、いろいろな人とレスを交わしている時間帯だった。とはいえ、最近は来れないことも多い。
今日だって明日の朝食の仕込みをしていたら遅い時間になってしまい、多分みんなおちてしまっているだろうなと、大した期待もせずに開けてみた。
他にも理由はあるけれど、そんなことはともかく。ともかくとして。
なんなんだ、これは。
携帯の液晶にひろがった文字を思い出して、再び背筋が震えた。
{もっと、強い}
{強い、愛、望む}
{愛、したい}
{人間、強い、誰、聞く}
{かわした、彼女、何処}
{望み、私、母、母}
{母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母母}
「なに、あれ……」
私一人しかいないこの自室には、そんな小さな呟きもいやに響く。私、一人だけの、部屋。そう思うだけで、窓の外が気になった。
『かわした、彼女、何処』。
その言葉がどうにも数日前の赤い眼を思い出させ、それがどこかにいやしないかと、探したくもないのに探してしまう。ああ、でも。ここはマンションなんだから、そんな心配はいらない……?
しかし、不安なことに変わりはない。今すぐリビングの方へ行こう。ホラーものは大丈夫だったはずだけれど、あのことに関しては本当に無理だ。
今日は波江さんもまだ残っているはずだから、二人にお茶でも出しに――――。
そう考えはしたものの、その前にもう一度だけ、レスを見直そうと再び携帯の画面を開いた。このまま曖昧な情報に踊らされる方が恐い。
どうやらこの罪歌と名乗るレス主は、私が一番最近に書き込みをした"妖刀"や"赤い眼"の話題が出たあの後にも書き込みをしている。
中でも{強者}や{彼女}、{愛}という文字が私の中では目立った。どうにも、この彼女というのは私のことのように思えてならない。あれをよけた人間が他にいるなら、まだ否定できるのだが……。
過去ログを見て、みんなが私が来ないことへ心配してくれていることに申し訳の無さを感じる。
それと同時に、甘楽さんが罪歌に対してアクセス禁止を行った後も、この意味不明な書き込みが行われていることに首を捻る。
パソコンから書いた後、携帯に移行すれば可能、だろうか?
「……とにかく、しばらくは外出したくない」
もうあんなのに襲われるのはご免だ。溜め息をついて携帯を閉じ、私ベッドから降りてリビングに向かった。
♀♂
「あの書き込み、そんなに怖かった?」
「…………」
リビングにいたのはパソコンの前に腰を落ち着けている折原さんだけだった。どうやらもう波江さんは帰ってしまった後らしく、彼女のデスクの上は綺麗に片付けられている。
なんだろう、この狙い澄ましたようなタイミング。私は波江さんもいるだろうからやって来たのに。
そう意地悪く笑っている折原さんの言葉にどう対応しようかと少し考えて。
「折原さんって、甘楽さんですよね」
単刀直入に聞き、話をすり替えることにした。
折原さんにあの書き込みの話をされると、いろいろなことを思い出して自分を殴り飛ばしたくなるため、話題を変えたかった。
……人間は極限に達すると何をしだすかわからないもの、うん。絶対にお酒は飲まないでおこう。記憶が飛ぶタイプの酔い方をしそうで怖い。
「今さらな質問だね。本当はもっと前からわかってたんじゃないの?」
「それはまあ、なんとなくそうかな、とは思っていましたけど……甘楽さんが折原さんだとは思いたくなかったので」
「へえ、甘楽の方は気に入ってくれてたんだ」
「勝手にもの凄い美少女を想像するぐらいには」
それがまさか、折原さんだなんて。サンタクロースの正体が実は父親だったと知った子供のような心境だ。
というのは言い過ぎにしても、そうなってしまっては私は折原さんを探していた2ヶ月間、ずっとパソコンの画面越しに本人と会っていたことになる。
なんだか化かされた気分だ。そうやって小さく息をつくと、折原さんが一見人畜無害そうな笑みを浮かべて言った。
「そう思ってくれてたのは嬉しいんだけど、話を誤魔化したかったなら諦めてね。俺に話題を変えるつもりはないから」
「……」
どこまでお見通しなんだ、この人はもう本当に占い師でも始めればいいと思う。女子の間でどこまでも人気がでそうだ。
そんなことを考えて、私は折原さんの言葉を待つ。しばらくパソコンに視線を向けていた折原さんは、そのままの状態で口を開いた。
「今度は女子高校生が斬られたって話、ログで見た?」
「ええ、来良学園の1年生でしたっけ」
災難なことだと思いながらそう言うと、折原さんは「そ」と呟いてキーボードに何かを打ち込んだ。
しかし、来良の一年生となると、ひとり気になる女の子がいる。
「それって、園原杏里って子では……」
「いや、あの子じゃないらしい」
折原さんの返答に安堵の息をつく。
なら、よかった。いや良くはないか、人が斬られたのは確かなのだから。
早く何らかの形で収集がつけばいいのに。そう思ったところで、あることに気が付いた。
思わず眉を顰めながら、相変わらずパソコンに目を向けているその人へ声をかけた。
「折原さんは、もちろん何かかんでますよね。今回の事件に」
言うと同時に、折原さんの視線がこちらへ向けられる。その表情は変わらず、何の意味もない笑顔だった。
「さすがに池袋の全事件に関与する暇なんて、俺にはないんだけどな」
「確かに、規模の小さなものまで見るのは無理でしょうけど……この事件の規模は大きいじゃないですか」
「大きさの問題なんだ?」
そう可笑しそうに笑う折原さんに、私は首を傾げて言葉を続ける。
「これ以上恨まれ事を増やすと、そのうち殺されますよ」
今頃言ったところですでに遅いとは思うけど。
そう最大級に恨みを買っている人物を思い出しながら、何の感慨もなく言った。
「かもしれないね」
とても自分のことを言っているとは思えない軽い口調だった。
半年前に、死ぬことが怖いようなことを聞いたような気がするのだけれど……よほど殺されない自信でもあるんだろうか。
"殺しても死ななさそう"。過去に自分が折原さんへ言った言葉を思い出して、ふむと頷く。まあ確かに、どれだけ危機的状況に陥ったとしても、この人なら紙一重で生き延びそうだ。
そう思って首の傾きを直したとき、折原さんが口を開いた。
「俺が死んだら、ユウキはどうする?」
そんな平坦な笑みを見つめて、私はただ答える。
「あなたを嘘吐きだと思います」
「嘘吐き?」
何がおかしいのかクツクツと笑っている折原さんに背を向けて、キッチンへと足を進めた。
そう、嘘吐き。
私に黙って消えてしまわないと言ったのだから、勝手に殺されるなんて許さない。
「でも、折原さんは殺しても死にませんから、そんな心配いりませんよ」
(そんな貴方はいつでも黒幕、黒幕は最後まで死なないのです)
せいぜい頑張るよ。
*前 次#
戻る