ST!×2 | ナノ

「それは、そうなんですけど……」
『なら、しばらくここにいるといい』


 次の日の朝。
 新羅さんの隣にセルティさんが腰掛け、その向かいに私と平和島さんがいるという奇妙な光景の中それは始まった。
 私の生活をこれからどうするかという……当人である私からしてみればとても情けない議題。

 今年で、いくつだっけ私。


『私の仕事の手伝いは……さすがに無理だと思うから』
『家事とか新羅の現地に向かわない仕事の手伝いをしてくれればいい』


 それで家賃は十分だ。
 そう言って(打ち込んで)もらえるのはとても嬉しいのだが……。


「でも、新羅さんとの邪魔をしてしまうような」
『そんなことは心配するな』
「そ、そんなことって!?そんなことってどういうこと!?」
『あーもーうるさいうるさいうるさい!私がいるっていうだけじゃ不満なのか!?』
「不満はないよ、もちろんないさ!でもねセルティ、ユウキちゃんがいるとあんなことやこんなことができなく、ウッ!?」
『二人の前で妙なことを言うな!!』


 セルティさんに羽交い締めをされながらも、どこか新羅さんは嬉しそうにしていた。
 恋人同士ってだけでこうも人は盲目になるのか……いや、新羅さんに限った話かもしれないけれど。
 本当にどうしよう。そう、溜め息をついたときだった。


「ここが無理なら、俺のアパートにでも来るか?」
「――アパー、ト」


 平和島さん、の?
 思わず席を立って口を開け閉めしていると、私の反応に首を傾げていた平和島さんが何かに気付いた素振りで、頬をかいた。


「いや……今のは、隣の部屋が空いてるからそこに住むかって意味だ」
「……です、よね」


 酷い勘違いをしてしまったことに少し赤面して、私は椅子に座り直す。
 それにしても、アパートか……。貯金はそれなりにあるので(ここ数年無駄遣いをしなかったから)、それもいいかもしれない。
 未だに仲良く会話(?)をしているセルティさんたちの声を聞きながらそんなことを思った。


「臨也んとこやここに比べればボロいけどよ、悪いところじゃねえから」


 変わらない様子で言う平和島さんの言葉に、軽く首を傾げる。
 平和島さんがそう言うなら、本当に悪いところではないのだろうけど……。


「もう少しだけ、考えてからお返事します」
「そうか」
 

 平和島さんの部屋の隣……いや、平和島さんの隣の部屋……あれ、平和島さんの部屋が隣……?

 ……どれも同じか。

 人知れず下らないことに頭を悩ませていると、隣に座っていたその人が席を立ったことに気付いた。


「仕事あるから帰るわ」
「昨日の今日で、大丈夫ですか」
「あんなやつらが理由で休めるかよ」


 そう言った後、セルティさんたちに泊めて貰ったことへのお礼を言って平和島さんはリビングを出て行った。
 私もこれからどうするか、しっかり考えないと……いけないことはわかっていた。のに、言えばよかったのかなと思うことがひとつあった。
 いってらっしゃい、とか……うん、なんでもない。思っただけ。

 そんなことを考えている自分と結局何も言えなかったことへ妙な気持ちに襲われ、テーブルの上に顔を伏せた。




 ♀♂




「どうしたよ静雄。随分機嫌いいじゃねえか」
「いえ。ちょっと昨日すっきりすることがあっただけですよ」


 普段とは明らかに様子の違う静雄に、彼の上司であるトムは首を捻った。
 流暢な敬語や積極的な仕事への態度……何かあったのかと疑問を感じているトムには気付かず、静雄は機嫌良く取り立て先へと向かっていく。

 静雄は自分を悩ませ続けていた力を制御できたことが嬉しくて仕方なかった。
 今から向かう取り立て先でそれを試すことが出来るかもしれないのだから、それで足取りも軽くなっていたのだ。
 また、もう一つの理由は――。


「静雄、携帯鳴ってんぞ」
「……出てもいいっすか?」
「急ぎだとまずいだろ」


 トムの言葉に甘えて着信元を確認すると、岸谷新羅と表示されていた。ただし、携帯ではなく据え置きの方からだ。
 ユウキになにかあったのかと通話ボタンを押し、それを耳元へ近付ける。


「新羅か?」
『ええと……野崎です』


 向こう側から聞こえた女の声に思わず足が止まる。


「どうした?」
『どうしたって、程の事じゃないんですが……さっき言い忘れたことがあって』


 言い出しにくそうに言うユウキの言葉に首を傾げながら次の言葉を待っていると、奥から『分かってますから』『っていうか、なんでばれて……』『え、そんなにですか』早口でそんなことを言っているのが聞こえた。

 どうやらセルティたちと話しているらしい。


『すみません。で、言い忘れたことなんですが……その、平和島さんが出て行ったときに』
『あ?」
『……い』
「い?」

『い、行くときは切り裂き魔に気をつけて下さいねって』

「……あいつらはもう出ないだろ」
『そうですね……とりあえず、お仕事頑張って下さい』
「ああ」


 通話の切れた携帯電話を眺めて、静雄は再び首を傾げた。
 

「どうかしたか?」
「いえ、切り裂き魔に気をつけろって言われただけなんで」
「お前に?」
「みたいですね」
「(むしろこの街で一番大丈夫な奴だと思うんだけどな……)そうか。ああ、それで今日の取り立て先なんけどよ――」




 ♀♂




『何か言い忘れてないか?ユウキ』
「……あの流れで言うのは不自然すぎます」


 電話の受話器を置いてからあまりの脱力感に呆けていると、目の前にそんな言葉が差し出された。
 ちなみに、平和島さんへ電話をかけたのはセルティさんたちの勧めだ。……本当にどうして、私がいいかけたことがわかったんだろう。
 

「『いってらっしゃい』か……僕もセルティのそんな言葉で見送られたいなあ」
『……見送ってるだろ』
「それはそうだけど、二人に負けていられないじゃないか!」
「……どなたのことでしょう」


 一人で盛り上がっている新羅さんは放っておかせて貰うことにしよう。
 そんなことを思ってテーブルの方へと戻ろうとしたとき、セルティさんが思い出したようにPDAに何かを打ち込んだ。


『これからちょっと病院に行ってくるから、留守番を頼んでもいいかな』
「それは構いませんけど、お見舞いですか」
『そう、知り合いの子が昨日の事件に居合わせたみたいでね。怪我は大したことなさそうなんだけど、心配だから』
「わかりました」
「でもセルティ。君、病院内に入れるのかい?」
『あ』


 しまった、とでも言いたげな様子で、セルティさんが慌て始める。


『ど、どうしよう!?様子見に行くって言ったのに!』
「君が病院に入れないなら、ユウキちゃんを連れて行って、伝言を頼んだら?」
『でも、ユウキの知ってる子ではないだろうし……』
「私なら大丈夫ですよ」


 そう言って頷く。


『そうか?なら、頼もうかな』


 安心したような文面の後に出された言葉へ、私は「え」と声を上げた。



『園原杏里っていう子なんだけど、知ってる?』


   

 (落ち着く暇なんてない)
 
 

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