ST!×2 | ナノ
「ユウキちゃんってさ、静雄君のこと好きなのかな」
『……さっき、「好き」って言ってるのは聞いちゃったけどな』
『多分そういう意味じゃなかったんだろうけど、少なくとも臨也といるよりはずっといい』
ユウキと静雄へ今日は泊まっていくように勧めたセルティは、リビングで新羅の隣に腰を落ち着けていた。
他に行く宛もなさそうだったユウキは申し訳なさそうにしていたが、来客用の寝室へ向かわせ、対する静雄はと言えば――。
「てっきり断るものかと思っていたんだけど、珍しいこともあるんだね」
『静雄は静雄で、ユウキが心配なんじゃないか?』
しれっとした様子でそんな言葉を打ち込んだセルティだったが、実のところ静雄が泊まることを決めたのはセルティの一言によるものだった。
『臨也はユウキがここにいることにすぐ気付く』それだけで静雄を納得させるのは十分だったらしい、即座に肯定の返事が返ってきた。
あの男が彼女を連れ戻しに来たときにいつでも追い返せるためだろう(追い返すだけでは終わらないだろうが)。
――とにかく……ユウキは臨也と離れた方がいい。
静雄がユウキを乗せてバイクを出せと言ったとき、本当は彼女をつれていくつもりなんてなかった。
これから行く場所が危険だということもあり、かえって臨也といた方が安全なんじゃないかと、そんな風にも考えていた。
しかしその最中、ユウキが臨也の足音へ過剰に反応するのを見た。臨也を恐れるように肩を震わせ、表情もどこかいつもとは違っていた。
だから、セルティは彼女の逃亡に手を貸した。
本来なら、もっと早い段階で彼女は臨也から逃げ出していたはずなのだ。
本人達の口から聞いたわけではないが、臨也がかつてユウキを自殺に追い込んだことは間違いない。
それが直接的であれ、間接的であれ、微量であれ、多量であれ……自分を追い込んだものに関係している男と平気で過ごしているなんて、本当は異常なことなのだ。
何故そんなことができるのか。
ユウキが変わっているから――それも、少しはあるかもしれない。
けれど、一番恐ろしく、可能性があることは……。
「あのさ、セルティ」
『何だ?』
珍しく沈黙していた新羅に反応してそう打ち込むと、彼は少し悩むように間を置いて口を開く。
「人を心配して、なおかつ相手のために行動を起こせる君は確かに素敵だけど、あまり無闇に人の関係へ口だししない方が良いよ」
『……新羅には、お見通しか』
「まあね。彼女を臨也から遠ざけようとしているんだろう?」
『ああ。でも、少なくとも今は会うべきじゃないよ、あの二人』
それだけは、確信していた。
昼間に臨也のマンションへ行ったとき、臨也が微かに苛立っていたことをセルティは知っている。本人はなんでもない様子だったが、やはりどこかいつもと雰囲気が違っていた。
その原因がユウキだということも、そしてきっと部屋にいたことが強制的なものだということも。
その直後のユウキの変化だ、見過ごせるわけがない。
『ユウキはあまり、強くない。臨也がその気になればすぐ取り込まれる』
「……そうかな。僕は些細なことには動じない、折原君とも対等に話せるような子だと思ってたんだけど」
強い人間は自殺なんかしようとしない。
『私には臨也がそれを承知で、ユウキを追い込んでるように思えるんだ』
「それが折原くんでなかったなら、思いこみだって言えるんだけどね……彼は人心掌握の術をいくらでも持っているから本当にあり得そうだ」
苦笑しながらそう言う新羅にセルティは心の中で息をつき、素早く文字を打ち込んだ。
『……だから、ユウキは臨也から離れた方が良いんだ』
『ユウキ自身もそれに気付き始めたから、帰らないんだろうしね』
♀♂
「折原さん、来るのかな」
誰もいない部屋でベッドに腰掛け、そんなことを呟いた。
それを期待していない、と言えばうそになる。自分から逃げ出しておいても、やはり私のことを一番知っているのはあの人なのだ。
誰に言えないこともあの人はわかっている。そしてそれをタネに、自分が遊ばれていることも私はわかっている。
結局私は、あの人にとってただの玩具なのだろうか。
単なる観察対象で、興味を失えばそれで終わる――カラオケで出会ったあの人たちのように捨てられるだけの存在なのかもしれない。
それでもきっと、あの人は『愛してる』と戯れるのだろうけれど。
「……ちゃんと、しなくちゃ」
そんなものに苛まれて、いつくるか分からない回答を待つよりも、自分から降参してしまった方がずっと楽なことは分かっていた。
けれど、今回は戻らない。自分からは絶対に、戻らない。
あの人が唯一でも、私は目を開いて、自分の足で歩かなくては。
「あなたの思い通りにだけなんて、ならない」
♀♂
「戻ってくるよ、きみは」
徹底的な拒絶をされてもなお、臨也はそう呟いた。
彼女はきっと、自分から戻るつもりなんて無いと、そう思っているに違いない。
しかし、臨也にとって、自分が彼女を迎えに行くだなんてことはあまりに意味がない。
彼女は紛れもなく弱い人間で、一度心を許してしまった相手からは離れることはできない人間だ。
おそらく静雄には、自覚がなくても心を許しはじめていたのだろう。どれだけ苦しくても、指先ぐらいは伸ばしていたのかもしれない。
そうして、自分が大切に閉じ込めておいた彼女の心を、よりにもよって静雄に奪われることだけは我慢できなかった。だから、あの時彼女の腕を掴んだのだ。
彼女にはまだ試したいことがあった。見ておきたいことがあった。こんなところで、それを諦める気は少しもない。
「ああでも、これはこれで面白いか」
てっきり自分に堕ちるものとばかり思っていたが、案外早く、彼女は自分の足で逃げ出していった。
そう、彼女はもともと行動力があって、正しくはなくとも、決めたことにはどこまでも突き進むような人間だったのだ。
こうならない方が、おかしかったのかもしれない。
でもやはり、彼女は自分から離れていくことはできないだろう。
なぜなら彼女は、ひどく弱い。
「君の親友が自殺したときとか、本当に可哀そうだったねえ」
その原因が自分であると知ったとき、恋人へ失望を覚えたとき。
どれにしても懐かしい、彼女の痛ましい記憶である。
――そういえば。
まるで昨日の出来事のように思いながら、彼は笑う。
――それを仕掛けた人間が誰か、俺は君に言ったかな。
――少し関わった程度の説明しか、していなかったっけ?
――なら、俺は少し君を騙していることになるかもしれない。
「さすがに、全部ばらしても戻ってきてくれる自信はないからね」
君がそれを知る機会は、きっと一生訪れない。
(交差する思いと悪意)
暗闇は濃く、苦い。
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