ST!×2 | ナノ
セルティさんから帰るときと何かあったときはすぐに電話をするよう念を押されて、病院の近くまで送ってもらった後。
私は看護師さんから聞いた杏里ちゃんの病室を探していた。
ちなみに、携帯電話を取り上げられたままなのを思い出したのは病院に入った後である。
迎えに来て貰うときは、公衆電話かな……。
「ここら辺、のはず」
過ぎていく病室の番号を確認しながらそう呟いていると、数室先の病室から誰かが出てくるのが見えた。
そういえば、杏里ちゃんの病室もあの辺りだったような――そう思って完全に視線をそちらへ向けて、少し驚く。
病室の中へ、一見明るげに話しかけている制服姿の正臣くんがそこにいた。
「そろそろ帝人も来るだろうし、俺もまた来るからさ」
そう言うと同時に扉を閉めた正臣くんは、次の瞬間深刻そうに顔を伏せて何事かを呟いた。
私には畜生と、そんな風に聞こえた。これは、見てはいけないものを見てしまったのかもしれない。
今すぐにでもどこかへ隠れて、私の存在がなかったことにしたかったが、そうする前に彼はこちらに気付いてしまった。
「ユウキさん……?」
驚きと困惑を混ぜ合わせたような表情だった。。
何故か明らかに警戒されているような視線が、どこかに刺さる。
「久しぶり、だね。前に会ったのは、3ヶ月前ぐらいだっけ」
誰かのお見舞いかな。
他意を介入せずにそう言った時だ。
「何を、しにきたんですか」
「……なにって、お見舞い」
杏里ちゃんのと言わなかったことへ、特に意味があるわけではなかった。
けれど、正臣くんは更に表情を険しくしていく。
「……杏里の見舞いですか?」
「そうだけど……」
「臨也さんからの仕事とか、そういうのじゃ……」
「それは、ないよ」
きっぱりと言い放つと、正臣くんが意外そうに目を丸めた。
ああ、なるほど。私が折原さんの使いで来て、杏里ちゃんに妙なことをしたり、吹き込んだりしないか心配だったのかもしれない。
理由が分かったことに少し安心して、私は口を開いた。
「今、折原さんとは縁切ってるから。杏里ちゃんのことだって別の人に聞いたぐらい」
「縁切ったって――本当ですか!?」
険しかった表情が一変して、純粋な驚きのそれになる。
「そう。とりあえず、同居はしてない」
急ぎ足でこちらへ向かってきた正臣くんにそう言った頃には、すぐ目の前に彼が居た。
実際にこういうことを言ってみると、改めて折原さんとは離れていることを認識させられる。
「それで、杏里ちゃんの容態は……」
「え?ああ、ええっと、本人は大したことないって言ってたんですけど、何日間かは入院しないといけないみたいで」
真剣にそう言い、また別のことを言いかけたときだった。
正臣くんのものらしい携帯電話のバイブ音があたりに響く。
「病院では切らないと」
「あー……そうっすよね」
苦笑いを浮かべながら携帯の画面を確認した彼は、また険しい顔でそれを見つめて、勢いよくそれを閉じた。
「あの、さっきはすいませんでした。杏里が襲われて、ちょっと気が動転してたっていうか……」
「いや、別に気にしてないよ」
「……本当にすいません。それじゃ、用事が出来たんで、これで」
「そっか、またね」
言って小さく手を振ると、彼は少しだけ笑って手を振り返してくれた。
駆け足で去っていった後ろ姿が見えなくなるまでそこにいた私は、ひとつひっかかりを覚える。
「……また何か」
起ころうとしているのかと、予感めいたモノを感じた。
♀♂
彼女の姿を見たとき、咄嗟に正臣が浮い浮かべたのは折原臨也の顔だった。
ここがもっと別の場所で、池袋の街でばったりと会っただけなら、あんなにあからさまな反応はしなかったはずだ。
しかし、ここは病院だった。来良病院だった。
沙樹が入院している、病院だった。
杏里の病室の前で出会ったのだ、普通は杏里のお見舞いへ来たと思うところだろう。
けれど、ここで折原臨也と関係している人間を見ることは、正臣にとって不安でしかなかった。
それがユウキならばなおさら、自分のしたことを臨也から聞かされたんじゃないかと、沙樹と会おうとしているんじゃないかと。
そんな風に思えてしまう。
そういう思いから怪しむような口調で問い詰めてしまったが、結果、本当に杏里の見舞いへきただけだということを聞いて心の底から安心した。
しかも、臨也との今の状況を聞いて驚くと同時に嬉しさも感じた。が、『今』という言葉が引っかかった。
けれどそれを聞くことは出来ずに杏里の様態について話している最中、不意に携帯のバイブが鳴っていることに気付いた。
「病院では切らないと」
そう言って少しだけ表情を厳しくした彼女に苦笑いを浮かべながら携帯電話を確認してみると、
最近、頻繁にメールを送ってくる連中の名前が表示されていた。
またか。
少し前まではそう言って無視をしたり拒否をしたりしてきたのだが、今回はそうもしていられなくないように近頃ずっと思っていた。
杏里が襲われた今、自分に出来ることは何か。大切なものを傷つけられて、どうすればいいのか。
どうしなくてはいけないのか。
そう考えると、もうその連中を無視するわけにはいかなかった。
「それじゃ、用事が出来たんで、これで」
到底彼女には言えない内容に目線を逸らして別れを告げた。
それに『じゃあね』と言って手を振ったユウキを見ると少し気が落ち着いて、正臣もまたそれを返した。
自分のしたことを知ったら、彼女は何というのだろう。
言ってしまえば楽のような気がした。
けれど、それをする勇気など、どこにもあるはずがなかった。
(過去に、隠し事ひとつずつ)
誰に話そうと、どこにも逃がしてくれない。
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