ST!×2 | ナノ

「ユウキちゃん、少し落ち着いたら?」
「そうしたいのは、山々なんですが……」


 窓の外を見ながらそう言うと、新羅さんは考えるように少し唸った。


「静雄くんなら大丈夫だよ。むしろ僕としてはセルティの方が心配なぐらいだね……もしも今夜帰ってきてくれないとしたら、僕は陰陰滅滅とした夜を君と過ごすことになる」
「とにかく……セルティさんのことが心配なんですね。恋人だから」
「簡単に言ってしまえばそういうことになるね。それに、静雄くんは心配するに及ばないから」


 いや、別に突き放しているわけじゃないよ?
 窓から目を離して振り向くと、新羅さんがそう言ってテーブルに着いていた。

 平和島さんがそうそう倒れるような人じゃないなんて、そんなことはわかっているつもりだ。
 けれど、だから心配しないかといえば、それは話が別だ。セルティさんのことだってもちろん心配だけど、罪歌の狙いは平和島さんなんだから。
 そう考えると自分がその場にいないことがとても不安で、そわそわと窓の外を覗いたり部屋の中を歩き回ったりしてしまう。
 
 怪我を一つもしていない、なんてことは、さすがに難しいように思う。

 
「……まあ、セルティたちと別れて一時間経つし……早ければそろそろ」


 新羅さんがそう言った瞬間、ガチャリと玄関の扉が開く音が聞こえた。
 セルティさんか平和島さんかどっちだろう。思わず駆け出しそうになったのだが、それを遮るように新羅さんが立ち上がった。


「一応ね、折原くんっていう可能性もあるから」
「…………」 


 その言葉に踏み出しかけた足を止めた。それは、困る。
 「じゃあ、少し待っててね」そう言って玄関へ向かっていった新羅さんの背を見送った数十秒後。


 平和島さんが、見知らぬ女の子を抱えて部屋へと入ってきた。



 ♀♂



「器用だねー、今度助手として手伝いに来てくれなゲフッ」
『ユウキにそんなことさせられるか!!』
「あれ?もしかしてセルティ妬いてる?僕がユウキちゃんを褒めたからヤキモチ妬いてグハッ」
『そ、そんなことにまで妬くわけないだろ!?私はユウキが心配なだけで!』
「わかったわかったから鳩尾殴らないで!」


 セルティさんたちの仲睦まじいやりとりを聞きながらも、目と意識は目の前の包帯に集中させていた。
 やはりさすがの平和島さんも無傷というわけにはいかなかったらしく、あらゆる所に切り傷を負っていた。
 新羅さんが女の子の様態を見ている間にその手当をすることになったのだけど……集中しすぎて目が痛い。


「これぐらい放っておいてもどうってこと」
「ないわけありません。傷はちゃんと治さないといけません」
「……そう、か?」


 無駄に力説してしまった私に、平和島さんは首を傾げる。
 すでに強敵である背中や脇腹あたりの手当は終わっているのだから、そろそろ緊張をほぐしてもいい頃合いなのに。徐々に上がりつつある私の体温は空気を読むべきだと思う。

 当分顔を上げられそうもない。そんなことを思って、次はどこを手当すればいいんだろうと湿布を片手に考える。
 腕は今済んだところだし……あとは、うん。あとは、そうだね。


「……ラスボス」
「ラスボス?」
「気にしないで下さい」
 

 顔にも、何カ所か切り傷があったような気がする……。
 静かに深呼吸を二回繰り返して、私は顔を上げた。やっぱり、出血は少ないけれど傷がいくつかある。
 
 何度も繰り返している消毒からの包帯または絆創膏、湿布という動作の消毒部分を何とか終わらせて、どの大きさの絆創膏がいいかを考えていたときだった。


「ユウキ」


 不意に名前を呼ばれて、絆創膏から目線を平和島さんへと切り替える。


「お前、俺のこと恐いと思ったことないか?」


 急に、どうしたのだろう。少し大きめの絆創膏を手にとって、不思議に思う。
 特別な表情を浮かべているというわけでもない、落ち着いた様子のその人の顔へ、絆創膏をあてがいながら私は答えた。


「何だこの人、って思ったことはありますけど、恐いと思ったことはないですね」
「道路標識……ぶん投げたことあるだろ。あのときはどうだ?」
「恐怖より、怒りを感じるので精一杯でしたから」


 サイズがぴったりなのを確認して、平和島さんの頬に絆創膏を貼り付ける。


「……悪い」
「別にそれを責めるつもりは……ええと、遊園地に連れて行ってくれたじゃないですか。謝罪には十分すぎて、お釣りが出るぐらいでしたから」


 だって、もし道路標識を投げられていなかったら、行ってなかったかもしれない。
 むしろ絶対に行ってないだろう。きっかけだったものがなくなるのだから。

 
「平和島さんが力の使い方を間違えない限り、恐く思ったりはしませんよ」


 結局一番大切なのは平和島さんの力ではなくて。


「大切なのは、それを使う平和島さんなんですから」


 もちろん、強いところもそれはそれで、格好いいと思う。
 それを口に出すことはしなかったが、それでも少し喋りすぎてしまったような気がして顔を伏せた。
 知ったような口をきいて、不快に思われていたら……どうすればいいんだろう。

 少し焦って何か言うことはないかと探していたとき、頭に温かい手のひらが置かれたのを感じた。

 いつかと、同じように。
  
 
「そう、か」


 少し嬉しそうに笑ってもらえたことが嬉しくて、なぜだか私が泣きたくなる。
 もしかしなくたって、平和島さんは自分の力に思うことがたくさんあるのだろう。私には羨ましくても、そう思えないものはたくさんあったに違いない。
 
 こんなのはただの想像だけれど、私のことを『いい奴』だと言ってくれたこの人には、きちんと伝えておきたかった。 
 その言葉は苦しかった。でも、この人のくれた温かい言葉は、確かに嬉しかったのだ。


「少なくても私は、そんな平和島さんがとても好きです」


 少し擦れた声でそう言うと、平和島さんは「ありがとな」と言って、穏やかに笑った。




 (あなたを認めるということ)




 認めてもらえないのは悲しいから、寂しいから。 


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