ST!×2 | ナノ

 本当に、折原さんから逃げてしまった。

 そう考えて胸の鼓動が速まるのを感じる。これまで仕方がないと諦めていたものを放り出し、まったく別の方向へ進むことに緊張しているのかもしれない。
 しかし、これは多分間違いではない。あのまま折原さんの傍にいては、私は本当に何も見えなくなってしまう。見えないことが楽だと、そう自分から目を覆っていたかもしれない。

 あの人は私にとって唯一だけれど、それだけに縋るだなんて。
 それはあまりにもあの人の思うつぼじゃないか。
 

「お前、これからどうする?」


 ヘルメット越しに聞こえた声に、私はハッとして口を開く。


「どう、しましょうか」


 出てきた言葉は、無計画にも程があるものだった。
 そもそも、今の状況がいろんな意味で落ち着かないので、頭がまともに回っていない。

 場違いにも程があるかもしれないが、この年になって誰かの膝の上に座るだなんてことあまりにも恥ずかしい、ということもあって……。


「とりあえず、罪歌とかいうヤツらのところへは連れていけねえしな……」
「あの、そのことなんですが――」


 ちょうど頃合いかと、私は切り裂き魔に遭ったことを話した。そして、罪歌の言っている"彼女"が自分であることも。
 何か話していなければ、今すぐにでも握っている手を緩めてしまいそうで、道路に叩き付けられるような気がした。


「――だから、私も行った方が」
「お前らなあ……」


 頭上から聞こえた苛立たしげな声に、おそるおそる顔を上げる。


「何でそういうことを黙ってんだッ!?殺されかけたかもしんねえのに……セルティはまだ自分の身を守れるけどよ、お前はそうじゃねえだろうが!? あのノミ蟲は何してやがった!?」
「え……いやあの」
「やっぱ殺す。改めて殺す。あの野郎も含めて殺す」


 視線の鋭さで人が死ねるなら、今平和島さんに睨まれた人は即死してしまうだろう。
 それほど凄まじい目つきで物騒な言葉を呟いているその人に、なぜか少し緊張がほぐれる。折原さんのことを考えれば、まったく平和的ではないのだけれど。

 いやそれより、セルティさんも刺されていたのか。

 普通の人間のような身体の造りではないのだろうが、やはり気にならないわけがない。
 運転中に声をかけてもいいものだろうか。少し悩んでから声をかけようとしたときだった。
 とある通りで、バイクがゆっくりと停止する。


「どうかしたか? セルティ」


 呟きをやめてそう問いかけた平和島さんに、セルティさんは文字を打ち込んだ。


『ユウキはここで降りてくれ』
「でも、罪歌は……」


 あいつらの要求をきかなかったら、どうなるのだろう。
 ついさっきはついていっても仕方がないと考えていたが、もし私がいないことでさらにおかしなことになってしまったら――。
 中の暗いヘルメットを見つめて口籠もっていると、目の前にPDAが差し出された。


『大丈夫だ。ユウキの後ろにいるのは、池袋最強の男だからな』


 罪歌なんて、すぐに押さえつけられる。
 そう付け加えて、セルティさんが頷くようにヘルメットを揺らせた。


「何だそりゃ……」


 すぐ後ろから聞こえた声に、私は自分の表情が、少し緩むのを感じた。 


「確かに、そうですね」


 そう、だから私は、平和島さんに憧れているのだ。


「……最強とか言われんのは、あんま好きじゃねえんだよ」  
「でも、人を守る力が十分にあるってことですよね……」
「それでそいつを殴っちまったら、意味ねえだろ」
「それで意味のないことにしようとする人が、本当に意味のない人です」


 それを許容してくれる人間はそうそういないかもしれない。
 私のこれもただの詭弁に過ぎないかも知れないが。


「私には、平和島さんの力がとても大切なものに思えるんです」


 どうしても伝えたくてそう言うと、その人は少し、目を見開けた。



 (意味のあるもの)



私にはとても、羨ましい。


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