ST!×2 | ナノ
「……へえ?」


 捕まってしまわないように後ずさりをして折原さんを睨むと、その人は意外そうに笑った。
 私が嫌いと言ったところで、笑顔一つ崩さない――ああ、そうだ。私は折原さんを楽しませるためにあそこにいたのだ。
 それなら、観察対象の反応がすこし変わった程度の認識なのだろう。

 私があそこにいられたのは、あなたが私を愉しんでいたからだ。

 そうやって自嘲していると、折原さんがナイフを揺らせながら口を開いた。


「ちょっとユウキとは話し合いがしたいな……そういうことだからさ、シズちゃん」
「…………」
「第三者は席を外してよ」


 言っている内容に反して、折原さんはナイフの切っ先を平和島さんへと向けた。
 もういい加減にして欲しい――そう思って平和島さんの前へと足を踏み出したのだが、それを制するように「やめとけ」という声が聞こえたので足を止める。
 

「ユウキ、お前はこいつと話し合いってのをしたいのか?」


 光の加減でサングラス越しのその人の目は全く見えなかったが、少なくとも視線は折原さんに向けられているようだった。

 話し合い。
 そんなものを今したところで、私はただ言い含められてしまうだけだ。私とこの人は、少しも対等なんかじゃない。


「……今は、したくありません」


 折原さんの表情を見るも出来ずに、俯いてそう答える。


「そうか」


 あっさりと、その人は頷いた。


「ってことだからよォ……ここからは動かねえ。手前の言葉に従うつもりなんざ、元からねえけどな」
「なにそれ、熱血少年漫画の主人公気取り?とにかくシズちゃんの意志なんてどうでもいいからさ……早くこの場から立ち去ってくれない?」


 そう言った折原さんは、もう笑っていなかった。
 まさか、本気で刺すつもりなんじゃ――。そう思うと、さすがに血の気が引いた。

 
「あ、の」
「ユウキ、もう少し下がっとけ」


 もういいですから。
 そう言おうとした言葉を途中で切られ、平然とした様子で道の脇へと歩いていく平和島さんを呆然と見つめた。
 その人はガードレールの前で立ち止まり、それに手をかけたかと思えば――。


「……え」
「……マジで?」


 まるで、ガードレールを引き抜こうとしているかのようだった。いや、そうとしか見えない。
 折原さんとは別の意味で無茶苦茶な人だとは思ってたけど……それを武器にしようなんて誰も思わないだろう。
 けれどこの状況は、折原さんからすれば恰好のチャンスではないだろうか。両手の塞がっているあの状態では、避けも防ぎもできない。

 下がっていろと言う言葉には耳を塞いで、さらに緊迫した雰囲気を漂わせ始めた二人の間に割っていこうとしたとき――。

 
 エンジン音も無く現れた黒バイクが、二人の間を遮った。


「おやおや」
「セルティ……なんだよ?」


 二人は各々そう声を掛けたが、私はあまりにも驚いて声が出なかった。
 いきなり目の前にバイクが走り込んでくれば、誰だって驚くはずだ。しかし、目の前の二人はおそらく慣れているのだろう。この非日常な光景に。
 それでもセルティさんが現れた理由が気になり(まさか二人の喧嘩を止めに来ただけというわけではないだろう)、その人に近付くため、私は平和島さんの隣へと移動した。

 
『ユウキもいたのか』


 急いで打ち込まれた文章に頷くと、今度は平和島さんにだけPDAを見せた。
 私や折原さんには見られたくなかった内容だったのかもしれない。

 しかし少しだけ、画面に映っているものが見えてしまった。


 罪歌という文字が乱舞している、その見慣れたチャット部屋を。


「……なんだこりゃ」
「それ見せて下さいっ」


 眉を潜めている平和島さんの脇から覗き込むようにして、私はそれを速読した。
 最後に参加したチャットのように、平和島さんの名前と"彼女"という言葉が頻繁に出されている。
 チャットの日付は今日――時間は数十分前。ということは、今もこの書き込みは続いているのだろうか。

 セルティさんが困ったようにヘルメットを傾げているが、見なかったことにさせてもらい、一番最後の書き込みに目を通して軽く目眩がした。
 

 {南池袋公園で、今晩ずっと待ってるから}
 {あなたたちを待ってるから}

 
 あれは単なるまぐれのようなものだから、そんな過大評価をされても困る。


「あの、セルティさん。行くんですか……」
『……静雄だけというのは心配だからな』


 文面でも、本当に心配していることがよく分かった。
 

「あの、この"彼女"って人も、行った方がいいんですよね」
『まあな。あいつらがそれを要求してるんだから、行かないと池袋が大変なことになるかもしれない』
「ですよね……」 
『もしかして、知り合いなのか?静雄以外であれをよけた奴と?』


 実は、私です。
 そう答えようとしたのだが。


「セルティ、それ急いでるんじゃねえのか?」


 平和島さんがそう言って、バイクの後ろに跨ったために言い損なった。
 

『知り合いなら、やっぱり無理をしてくる必要はないと伝えて。もしくは伝えなくてもいい、私たちで何とかするから』


 PDAの文字に何か返答する前に、無音でバイクのエンジンがかかった。
 確かに、私が行ったところで役に立てるとは思えない。


「気をつけてください」


 そう言って、軽く目を伏せた。

 平和島さんたちがいなくなれば、残されるのは私と折原さんだけだ。しかし、話し合いをするつもりは、今の私にはない。
 
 セルティさんたちが行ってしまった直後に、逃げるしかない。
 そう決意して、走る邪魔にならないよう距離をあけようとしたときだった。


「ユウキ」


 不意に名前を呼ばれてそれに反応する前に、突然体が浮いた。


「!?」
『静雄!?お前なにを』


 軽々と平和島さんに身体を抱えられ、バイクに再び跨った平和島さんの膝の上に降ろされる。

 驚きや恥ずかしさで、一時的に思考が停止した。


「こいつのことは俺が責任とるから、出してくれ」


 そんな平和島さんの言葉の影で、後ろから聞こえる足音に思わず肩がびくついた。 
 そのとき、こちらを見ていたはずのセルティさんが急に正面を向く。


「しっかり捕まってろよ」


 そんな平和島さんの言葉と共に、漆黒のバイクは走り出した。




 (見つめるための逃避行)




「……これだから、大嫌いなんだよ」


*前 次#

戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -