(最後の夏)


食堂を3人に任せて高尾くんがいる部屋に向かった。
静かに襖を開けると、畳の上に布団が敷いてあり、その布団に寝転がって目を瞑っている高尾くんがいた。
誰かがきた気配がしたのだろう。
彼は自分が予想した人物の名を声に出した。

「…大坪サン?」
『残念ー』
「え、みょうじサン…?」

予想していたことが外れた彼は少し驚いた様子で目をゆっくりと開けた。
目を開けるという単純な行為1つでも彼の疲労が読み取れた。

『うん。体調はどう?』
「大丈夫っすよ。ご心配をおかけしました」

ニコッという効果音がつきそうな笑顔を見せた高尾くんだが、どう見ても大丈夫そうには見えない。
顔色は悪く、何より体が寝たままだ。
普段の彼なら私やほかの先輩に対して寝たまま返答などしない。
きっと同じ学年の緑間くんとの差や、彼自身のプライドから弱っているなんて素直に他人に言えない質なのだろう。

『嘘を吐いたり、やせ我慢したりなんてこと私にはバレバレだからね?』
「………」
『何年マネージャーとして選手をサポートしてきたと思う?今は痩せ我慢なんてしてる場合じゃないよ?少しでも練習に参加したい気持ちがあるなら今は十分に休まないと。でないと練習にも参加出来なくなるよ?』
「すんません…」
『別に怒ってるわけじゃないよ。だけど、しんどい時はちゃんとしんどいって言わなきゃダメ。我慢なんてしないこと!わかった?』
「はい…」
『大丈夫!平気そうにしてる誰かさんも1年生のときは毎日の練習でさえついて行くの必死だったしさ』
「それは誰のこと言ってんだよ」
「み、宮地サン!?」
『んー?誰のことだろうねー?』
「このやろ、轢くぞ」
『やれるものならやってみろ、無免許っ!』
「ブフォッ…」
「高尾、今笑ったな?いい度胸してんじゃねーか。そんだけ元気なら大丈夫だよな?」
『何言ってんの!どう見ても大丈夫な顔色じゃないでしょう!』
「あ?元凶はお前だろが」
『別に私は高尾くんのことを思ってフォローしただけだし?それに高尾くんの身近な人で言ってあげたほうが現実味があるし?』
「お前はなぁ…。高尾」
「はい」
「お前は今日はこのまま寝てろ。あとこれ食えそうなら食え」
『あれれ?ずいぶんと優しいですね、宮地くーん?』
「は?弱ってるやつを罵るほど無神経じゃねーよ」
『本当は根はいい人だもんねー』
「あ?」
『なんでもないですー』
「…プッ」
「『?』」
「すんません。何か2人が夫婦漫才やってるみたいで…。くくっ…」
「これがこいつの通常運転だから仕方ねぇよ」
『なっ…。違います!本当はもっと落ち着いてるよ!』
「どの口が言うか」
『この口だよ!』
「信用できねぇ口だな」
『はぁ!?』
「くくっ…。あははっ…!やっぱおもしれー!」

病人用に借りた部屋とは思えない声が廊下に響き渡る。
そんな私たちが監督に怒られたのは決して私だけのせいではないと思う。
高尾くんの部屋から出て、少し外の空気を吸うために近くの浜辺を歩いていると、不意に後ろに誰かがいる気配がした。

『あれ?宮地くんも来たの?』
「お前の後ろにずっといたっつーの」
『…声かけてくれたらよかったのに』
「なんか考え込んだ顔してたからよ」
『そう?』
「あぁ」

しばらく何も話さず歩いていると2人で座れそうな大きな流木を見つけて、さきにそこに座った。
宮地くんも何も言わずに私の隣に座って、じーっと海のほうを見つめている。
波の音しかしない。
隣に微かに感じる宮地くんの体温とうるさくも静かでもない波の音がとても心地よくそっと目を閉じると、タイミングを見計らったように宮地くんが口を開けた。

「この合宿が終われば最後の大会だ…」
『そうだね…』
「長かったようであっという間だった」
『うん…。私は宮地くんとこんなに話すようになるなんて初めて会ったときは思ってもなかったよ』
「オレもだっつーの」
『苦しい時期とかいろいろあったけど…。でもバスケ部のマネージャーをしてよかったって思ってる』
「そうか…」
『最後まで頑張ろうね』
「当たり前だ。お前も最後まで気抜くなよ」
『当たり前でしょ!』
「真似するなよ」
『んー?何のことー?』
「ったく…。部屋戻るぞ」
『はーい』

残された時間はあと僅か。


(無性にお前が作った卵焼きが食べたい)
(合宿終わったらお弁当に入れてあげるね)
(おう)


back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -