(戦いの前夜)


快晴。
満開の桜。
新しい制服に腕を通す。
そして、アパートの扉を開けた。
神奈川にある海常高校。
東京に住んでいた私たちは、海常高校付近の一人暮らし用のアパートを借りた。

「おはよっス」

扉を開けると左隣の部屋の扉に涼太がもたれかかっていた。

『おはよ!』

なぜか高校から、私にも敬語を使うと決めた涼太。
そんな涼太は、私の声を聞いて、ニカッと笑った。
そして、肩を並べて学校へ向かう。

『さすが涼太。新しい制服もばっちりと着こなすね』
「どうもっス。そういうなまえは…。セーラーだったから、ちょっと違和感…」
『だよねー。私も思ってた』

学校に近づくにつれ増える人。
増える視線。
そのほとんどは、隣にいる人物へと向けられている。

『はぁ…。モデルも大変だね』
「もう慣れたっス。なまえもモデルになるスか?この前編集長がなんか言ってたっス」
『遠慮しときまーす。さて、バスケ部に行きますか』

校門を入ると、部活勧誘で賑わっていた。
涼太はスポーツ推薦のため、部活はもう決まってる。
春休みから、ちょくちょく練習に参加していたらしい。

「先輩には話、通しておいたっス」
『助かる。ありがとう』
「どういたしまして。"唯一のキセキ"って呼ばれてるヤツを監督が見逃すわけがない!って言ってたっス」
『マネージャーを募集しないとこもあるしね…』

人混みをかきわけてバスケ部に着いた。
そこに座っていたのは部長らしき人と監督らしき人。
その向かいに新入生が座っていた。
どうやら、入部届を書いているみたいだった。
そして、部長らしき人が涼太に気付いた。

「おー、黄瀬」
「どうもっス。笠松センパイ」
「その子が例の?」
「そっス。聖歌女子バスケ部エースのみょうじなまえっス」
『初めまして』

一礼すると、監督は軽くうなずいた。

「君には期待している。その"目"で選手の特別なサポートができるだろう」
『高校男子バスケに、この目が慣れるのは多少の時間がかかるとは思いますが、よろしくお願いします』
「あぁ。私は監督の武内だ」
「オレは部長の笠松だ」
『お願いします!』

そして、私のマネージャーとしての挑戦が始まった。
洗濯にドリンク作りにテーピング。
入部してからは慣れない作業に体力が奪われる。

『(体力落ちたなぁ…)』

4月だと言うのに、仕事をしただけで汗だくだ。
選手たちが休憩時間になる前に、朝練で使って昼休みに洗濯しておいたTシャツなどを干していく。
その洗濯物を干すだけでも、一つ苦労がある。
それは、今まで男子部員がやっていていた洗濯という仕事。
当然というかのように、星竿は私の頭の遥か上。
少し背伸びをしないと届かない。
最後の1枚を干そうとしていると、後ろから伸びてきた腕が軽々と洗濯物を星竿にかける。
振り返ると、そこには涼太がいた。

『涼太!…って、もう休憩入っちゃった!?』
「まだっスよー。もう少ししてからっス」
『そっか。そろそろドリンク用意しないと…』
「手伝うっスよ」
『いいよ!涼太は休憩しといて!私の仕事だから!』
「………」

そんな私の背中を涼太が黙って見ていたなんて、私は知らなかった。
休憩をはさんだ後は、ミニゲームが行われる。
その時は、私も見学。
その理由は、私の能力にある。
入部した時から、ミニゲームは必ず見学になっている。
目を慣らすためでもあったが、今では昔と変わらないほど"見えている"
そのため、ミニゲーム後の自主練のとき、私が気になった所や、こうしたらいいと思ったことを、選手自ら私に聞いてくる。

『あ…』

声を発した私に隣にいる監督が反応する。

「…笠松か?」
『はい。ドリブルのタイミングが…』
「そうか。後で言ってやれ」
『はい』

その後もミニゲームは続き、少し休憩をはさんで自主練の時間となった。
私はすぐさま、笠松先輩のところへ行く。

『笠松先輩』
「来ると思ったぜ」
『そうですか?』
「おー。第2Qのことだろ」
『はい。途中でシュートではなくドリブルをしたとこです』

そして、実演も兼ねて笠松先輩にアドバイスをしたり、対策法を一緒に考えたりする。
これが、新しい海常の自主練方法だ。
私の能力を活かし、選手と一緒に対策法を見つけ、一緒に成長する。
いつも通り、各選手と自主練をしていく。
順番に回っていき、最後は必ず涼太にしている。
その理由は…。

『涼太。お待たせ』
「今日の調子は、どうスか?」
『大丈夫だよ』
「よし!」

涼太の自主練は私と、1on1。
怪我をしてバスケはできなくなってしまった。
でも、日々のリハビリのおかげで、激しい動きはできないが、DFだけはすることができるようになった。
涼太のスピードに慣れた目は、はっきりと映してくれる。
ドリブルをする涼太。
そんな涼太に対して私は腰を落とした。
緊迫した空気が流れる。
そして、涼太の一瞬の動きをとらえ、攻めてくる涼太を止める。
それに反応した涼太は、左から私を抜こうとした。
やらせない。
私は涼太の後ろから、ドリブルをする一瞬のタイミングを"見て"ボールを弾く。

「あ!」
『まだ甘い』
「あー、もう!行けたと思ったんスけど…」
『最近やっと慣れてきたからね』
「慣れるもんなんスか!?」
『みたいだよ』
「やっぱ尊敬するっス!バックチップできる人なんてなまえと黒子っちぐらいスよ」
『そう?あ、そろそろ洗濯物入れないと』
「手伝うっスよ」
『いいよ。もう少ししたら練習始まるでしょ?』
「そっスけど…」
『大丈夫だから』
「………」

そう言って、私は涼太を振り切る。
そんな私を涼太が、心配そうに見ていたことなんて知る由もない。
私はカゴを持って洗濯物を入れ込んでいく。

『(どうして涼太はあんなに心配性なんだろ…)』

考え事をしながからやっていると、不意に人の気配を感じた。
それと同時に声をかけられた。

「みょうじさん?」
『…何?』

私は振り返らずに、洗濯物を取り込みながら返事をした。

「ちょっと話があるんだけど」
『何の話ですか』
「単刀直入に言うわ」
『………』
「黄瀬くんとは、どういう関係なの?」
『ただの幼なじみです』
「幼なじみのくせに仲良すぎない?」
『何が言いたいんですか』
「付き合ってんのかって聞いてんだよ!」
『っ…!』

いきなり3人のうちの1人が私の髪を引っ張った。

「黄瀬くんと仲がいいからって調子に乗ってんじゃねーよ」
『は、離してください…』
「生意気なんだよ!一年のくせに」
「男子バスケ部にマネージャーなんていらないんだよ!」
「今まで誰も志望しない。それで私たちは均衡を保ってきたのよ!」
『(涼太…)』
「あんただけ特別扱いなんて、うちらは見逃せない」
「あんたはここで消えてもらう」
『…っ……』

もうダメ。
3人の手が私に向かって伸びてくる。
こんな時にも見えてしまうとは…。
でも、怖くて体が動かない。
…涼太…。

「何やってんだ!!」
「「!!?」」
『笠、松…先輩…』
「うちのマネージャーに何してくれてんだ、おまえ等!」
「か、笠松くん…」
「特に対したことはしてないわ」
「そうよ!後輩にちょっと注意してただけで…」
「カッターなんて持って、ちょっと注意だ?」
「そ、それは…」
「…この子が私たちのルールを破るから…」
「男子バスケ部のマネージャーは志望してはいけないってやつか?」
「っ!」
「悪いがみょうじは監督直々の指名だ。辞めようにも自分からは辞められねーんだよ。分かったら二度とここには来るな」

そして、彼女たちは先輩の迫力に怯えてどこかへ行ってしまった。

「大丈夫か?」
『はい…』
「悪いな」
『いえ、先輩のせいではないですから』
「…何でも一人で抱え込むなよ」
『それじゃあ先輩たちに迷惑を…』
「バーカ。いつも世話になってんだ。これぐらい頼れよ」
『先輩…』
「それに黄瀬も心配してたみたいだからな」
『…ありがとうございます』

あとで涼太にもお礼を言おう…。
そして、先輩が戻った後も私は洗濯物を取り込む。
最後の一枚をカゴにいれ、部室に戻ろうとしたところに、また声をかけられた。

「ごめん!ちょっといい?!」
『………』

いつもと違う、声のかけ方に振り返ると、そこには他校の制服を着た女子生徒。

『…何でしょうか?』
「あなた、バスケ部の子?!」
『…はい。男子バスケ部のマネージャーです』
「マネージャー?!海常ってマネージャーがいたの?!」
『はぁ…。と言うか何の用ですか?』
「あ、そうそう!監督さんに会わせてほしいの!」
『…は?』

てっきり他校から涼太のファンが来たと思っていたので予想外の言葉に目を見開いた。

「ごめんなさい。急に言われても困るよね…」
『あ、いえ…』
「海常と練習試合を頼みたいんだけど…」
『あ、はい。少し待ってもらってもかまいませんか?これを置いてきます』
「ほかに手の空いている人は?」
『生憎、マネージャーは私一人なんです…』
「わかったわ!じゃあ待っておきます」
『すいません。では、一度失礼します』

そして、私は一度部室へ戻って洗濯物を置いたあと、監督のところへと案内した。

「そういえば…」
『?』
「紹介がまだだったよね。私は相田リコ。誠凛高校2年よ」
『私は1年でマネージャーのみょうじなまえです』
「みょうじなまえ!?あの"唯一のキセキ"の!?」
『ご存じだったんですか?』
「もちろん!…怪我はどうなの?」
『日常生活には問題ありませんよ』
「じゃあバスケは…」
『強い衝撃はかけられないので…。でも、またにDFならします』
「そう…」
『それよりも、先程は失礼な態度をとってしまいました…。すみません』
「?」
『私に声をかける人はみんな涼太…。黄瀬のことに関係していることが多いので…』
「あぁ!やっぱり黄瀬くんのことは大変?」
『そうですね…。いつも、どういう関係なのか。という質問をされます』
「どうして?」
『私と黄瀬は幼馴染なんです。仲がいいのでいろいろと聞かれます…』
「そうなんだ」
『でも、もう慣れましたけどね。ここです。今呼んできますね』
「ありがとう」

そして、誠凛との練習試合が決まり、その日の部活を終え2人肩を並べて帰る。

「今日、途中からどこに行ってたんスか?」
『あぁ…。誠凛の、マネージャーさん…かな?練習試合の話をしに来てたから案内してたの』
「そうスか。とりあえずシャワー浴びたら、そっちに行くっス」
『はいはーい。鍵は?』
「あるっスよ」

念のため、お互いの部屋の鍵を持っている。
何かあったとき用にと言うことで作ったのだが、日常的にも使っていた。

『オッケー。じゃあ、ご飯作ってまーす』
「了解っス!」

そして、それぞれの部屋に入った。
私は部屋に入ってすぐにラフな服に着替えて、ご飯の準備に取り掛かった。
学校に行く前にお米は予約してあるので、もう炊けている。
今日は、鮭のムニエル。
下味も、もう済ませてある。
ほかに、ささみのサラダに鮭のムニエルにあうスープ。
と言ったところだ。
そろそろ魚を焼こうとフライパンを出したところで、扉が閉まる音がした。
そして、近づいてくる足音。

「いい匂い〜」
『もうちょっとでできるから、お皿とか用意してくれる?』
「はいはーい」

首にタオルをかけ、まだ濡れている髪を片手でガシガシと拭いている。
それをやめて、お箸やお皿を棚から出していく。

「これは、あっちに持って行ってもいいスか?」
『サラダとスープはいいよ』

私の言葉に涼太は、さくさくと用意をしていく。
魚もいい具合になり、お皿に盛りつけてテーブルに置いた。

「おいしそ!いただきます!」
『いただきまーす』

食べながらいつも通りに、今日の授業の話や部活のことを話す。
食べ終わった後は涼太が皿洗いをしてくれるので、その間にお風呂に入る。
お風呂から上がると、涼太はいつも通りソファーの前の床に座りテレビを見ていた。
そんな涼太のすぐ後ろにあるソファーに座る。
足元には、涼太の頭がある。
ソファーに体育座りで座ると、涼太は私の足に頭を預ける。
ちょうど私の脛あたりに涼太が頭をもたれさせている感じだ。
そんな涼太の頭を撫でた。

「なまえー」
『ん?』
「嫌がらせ、とかされない?」
『んー…。大丈夫』
「本当?」

敬語が抜けている涼太。
これは、もうごまかせないな…。

『…今日、先輩たちに殴られそうになって…。で、マネージャーを辞めさせられるところだった』
「え!?」
『でも、途中で笠松先輩が来てくれて、殴られずに済んだよ』
「そっか、よかった…」
『ごめんね、心配かけて…』
「そんなことないスよ。むしろ、隠さずに言って?」
『うん。ありがとう』
「うん。…誠凛かぁ……」
『気になる?』
「んー。帝光時代のチームメイトがいるんスよ」
『誠凛に「キセキの世代」?』
「そーっス」
『また無名校に…』
「まぁ影が薄いから」
『?まぁ会ってみないとわからないけど…。向こうからすれば相手が悪すぎるでしょ』
「そーとも限らないんスよ」
『そーなの?』
「そっス。まぁ見れば分かるっスよ」
『そっか』
「じゃ、オレはそろそろ寝るっス」
『うん。おやすみ』
「おやすみっス」

涼太は私の頭を軽く叩いて、自分の部屋へと戻っていった。
鍵がかかる音がしたので、それを聞いた後に私も寝室のベッドに体を預けた。


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