03


 



「はっーーーぁっ、ぐっぅ…っ」


ーーー痛イ


「あ、あぁあぁぁあ…ッ」


ーーーイたい


「あ″あ″あ″あぁ…ッ」


ーーーい たい…


「ハアッ、ハアッ、ハア…ッ」


ーーー生キ たい…っ


「ぐあぁ、あぁあぁぁあ…っ!!!」


ーーー死にたく、無イ…ッ

ヒト リは嫌ダ…ッ

ヒト は、 人間 は、嫌イダ…ッ!

また仲間ヲ殺しに来タノカ…ッ

だったら殺シテやる、殺す、殺す、殺ス、殺スコロス、コロス、コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス…ッ!!!

人間 は 全 テ 、

噛 ミ 殺 シ テ ヤ ル・・・ッ!!!!

モウ、独リは嫌ダ……



其れは純粋なまでの“憎悪”
人間に対する怒り
たった独りの悲しみを孤独を埋める様に増幅されていく人間への憎しみ

其れ等の感情が一気に私の中へと流れてくる。

苦しいまでに感じる悲しみ
悲しいまでに感じる憎しみ

涙が頬を伝った。
例え彼は、目の前の人間を殺し尽くしても止まる事は無いだろう。憎しみにその身を焼かれながら、幻想の中でたったひとりの王様を演じ続ける事だろう。
仲間を、番いを、己の子達を、探し求めた末に彼が行き着いた結末を、私は嘆く事しか出来ない。

ポタ…


ーーー誰 ダ…?


私の涙が頬を伝い地面に落ちた事によって、“この場の主”が私の存在に気付いた。


ーーーー其処 二居ル、のハ、誰 ダ …?


逃げなければ、私の本能がそう告げている。
しかし私は“此処”から出る手段を知らない。
寧ろいつから“此処”に居たのかすら分からない。


ーーーーお前 ハ、人間 カ ?


全てが曖昧だった。
私の存在も私の目の前に居る“この場の主”の存在も、この場所さえも、姿形、輪郭の境界線が曖昧で、信念や思考、精神のみの存在だと思ったのに、曖昧だった其れ等が、今まさに私に牙を剥こうとしていた。


ーーーー人間、人 間、人 ゲン、ニ ン ゲ ンッ!!!


グルルルッと唸り声を上げながら憎悪の瞳で此方を強く睨み付けてくる。
私の存在を“彼”が認知してから、この場の雰囲気も、“彼”の存在も、先程よりも鮮明になった様に感じる。


ーーーー殺 して、ヤルーーー!!!!!


ガアッと目の前の存在が私に飛び掛かってきた。
私はその場から動く事も、助けを呼ぶ事も出来ずに、ただ、ただ目の前の存在が襲い来るのを眺める事しか出来ない。
刹那ーーー



『ーーーーーーーーーー』



痛みや衝撃が私を支配するよりも早く、この場に居ない人物の声が響き渡った。そして、


ーーーーハッと、私は現実へと引き戻された。


夢から覚める間際の微睡みに揺られる感覚の後、意識が覚醒した。あえて例えるのならば、優しく抱き起こされる様な生優しい感覚等では無く、痛みを伴いながら一気に引き摺り上げられる様なそんな乱暴な目覚めだった。

一瞬自分に何が起きたのか理解出来なかった。

更に、先程まで存在し得なかった人物が、突然目の前に現れた事に思考が追い付かなかった。


「オ、ルタ…?」


自分でも驚く程弱々しい声音が出たなと思った。
そして目覚める前まで目の前にいた獣が、傷を負い、数歩後退している事に気が付く。

嗚呼、そうか、貴方が私を助けてくれたのね…

先程の白昼夢の様な中でも、そして現実でも、貴方が私を救ってくれた。
その現実がただただ嬉しかった。


「…動けるか?マスター」


こちらを振り向かず、目の前の敵を見据えながら言われた。
その言葉に改めて自分の身体に力を込めて立ち上がろうと試みたが、まるで己の身体では無いみたいに上手く力が込められず、立ち上がる事は不可能だった。多分、魔力切れだ。それと少し血を流し過ぎた。クラクラする。


「ごめん…ちょっと、立てそうに無い、かな?」


はは、と乾いた笑いが溢れた。
悔しいけど、今の私では足手纏いみたいだ、だが、


「ーーーでも、だからって…っ」


正直、呼吸をするのも、指先ひとつ動かすのも辛い状況だが、そんな事言って居られない。
目の前では未だ獣とオルタが睨み合っているのだ。
こんな状況でただ守られて、眠っている訳にはいかない。


「守られてるだけって訳にはいかないの…っ、
 令呪を持って、命ずる…っ!」


渾身の力を込めて令呪の宿る手の甲を前へと突き出した。
言葉を発した口の端から血が零れ落ちる。ゼーッゼーッと呼吸をする度に喉の奥で嫌な音がする。
だが、それがどうしたと言うのだ。
どんなに汚れ様と、どんなに傷付こうと、どんなに消耗しようと、私の目の前で彼が立ち、闘い続けているのだ。それを支えなくて何がマスターだ。
何が聖杯だ。
聖杯なら救えよ!聖杯なら、助けろよ!!
聖杯ならば…っ、力を、貸せよっ!!!!!


「一画消費、宝具をっ、展開しなさい…っ!!」


令呪を使った瞬間、身体がカッと発熱し魔力が全身から手の甲へと集中し、発散する様に消化されるのが分かった。その事に私の聖杯-心臓-が一層ドクドクと激しく脈打つのを感じる。
魔力切れ独特の波の様に襲い来る眠気に似た感覚に耐え、息も絶え絶えになりながら前を見据えていると、一瞬、彼がこちらを振り返り眉を潜めると、笑った。


「ーーーああ、テメェの望むがままに、マスター」


傷だらけで、地べたに這いつくばって、息も絶え絶えで、魔力切れの薄汚れたマスターだけど、こんな私でも貴方に少し、ほんの少しだけでも助力して、あげるから…っ
歯を食いしばって、身体の奥の奥底から魔力を振り絞る。視界は霞み、ツーッと鼻血が零れ落ちた。
突き出した掌の感覚は既に無い。呂律もちゃんと回り、己が喋れているか自信は無い。


「ニ画目、消費…っ絶対に勝ちな、さ…いっオル、タ…ァ…ッ」


その言葉を言い終わるか終わらないか辺りで、私の視界はフェードアウトした。
ただ、朦朧とする意識の中、暗くなる視界の最後に見た貴方の背中がとても大きくて、逞しくて、


「…ああ任せろ、名前。」


最後に聴覚が拾った貴方の声がいつもの通り落ち着いた声音で、私は安心して意識を手放した。


「全呪開放。加減は無しだ、絶望に挑むが良い…
『噛み砕く死牙の獣-クリード・コインヘン-』」


「ーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」


遠くで2匹の獣の咆哮が轟いた。

 


 


Back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -