04


 




私が次に目を覚ますと、


其処は白い箱の中だった。


正確には白いベッドの上、周りを白いカーテンに囲まれていて、白い蛍光灯の光が目に痛かった。
消毒液の病院独特のツーンとした匂いがして顔を顰める。

光に目が慣れるまで目を細めボーッとする、目が慣れてくると改めて自分が何故ここに居るのか一瞬理解出来なかったが、嗚呼そういえば…と直ぐに思い出した。
グルリと自分を囲む環境を確認すると、左腕からは二本の管が繋がれており、一定の間隔で滴が落ちて来ている。両手両足を数回揺すって動かしてみたり、開いたり握ったりしてみて、ちゃんと存在する感覚が有り、自分が御体満足で生還する事が出来たのだと実感した。

声を出して誰かを呼ぼうとしたが「ぁ…う…」と言った掠れた小さな音しか出ず、自分はどれだけ眠って居たのだろうかと思った。
取り敢えず今は水が飲みたい。

その時、「名前ちゃん?」と言う良く聞き慣れた声が聞こえ、返事を返すよりも早く「開けるよ」と言う言葉と共にシャッと勢い良くカーテンが開け放たれた。
そこには見慣れた顔のロマニが居て、私の意識がある事を確認すると明らかに安堵した表情になって慌てて近付いて来た。


「ああ!良かった目が覚めたんだね、身体に痛みは無い?意識はハッキリしてる?自分の名前は分かるかい?此処が何処か分かる?」


捲し立てる様な早口で聞かれ、声が出せない替わりにうんうんと数回頷いく、その間にロマニに腕を掴まれ脈を測られる。次に首筋に手を回され熱を測られた。


「うん、大丈夫。脈も熱も正常だね。声出るかい?」


伺う様に遠慮がちに聞かれ、左右に首を振る。
喉、カラカラです。カサカサの唇から「み、水…」とやっとの思いで絞り出し、それ聞いたロマニが「分かった、直ぐ取ってくるね!」と言いバタバタと走って出て行った。

改めて一人になってフーッと息を吐きながら目を瞑ると、ふわりと頬を誰かが優しく撫でた。
誰ーーーと思うよりも先に、感じ慣れた魔力粒子を感知し、今目の前に居るのが誰であるか確信を持って其の名を読んだ。


「ーーーオル、タ…」


頬に触れた手に手を重ねながら、瞳を開けば、其処には感じた通りの人、クー・フーリン オルタが立っていた。
他人から見たら分からないだろうが、その顔には何とも言い様のない複雑そうな、何処か悲しげな表情が窺い知れた。

ーーーーなんて顔してるのよ…

そう言いそうになって、声が出ない事を思い出す。
だから、重ねた掌に力を込め強く握り返し、微笑んだ。大丈夫、私は生きてるよって。
私のその行為で幾分か安堵したのか、表情は変える事なく、彼が少し息を吐き出した。


「テメェが…」

「…ん?」


彼の顔が近付いて、
ギシリッと耳元でスプリングが軋んだ。


「…テメェが、死んだかと思った。」

「………っ」


嗚呼、声が出ない事が、身体が上手く動かせない事が、こんなにももどかしい事だなんて知らなかった。
泣きそうな貴方に、今すぐ大丈夫だよって言いたいのに、今すぐ貴方を力の限り抱き締めたいのに、そのどれもが叶わないだなんて…なんて、もどかしいのだろう。


「オ、ル…ッ」


繋いでいない方の腕を必死に動かして、彼へと手を伸ばす。直ぐに彼に指先を絡め取られ、硬く強く握り締められた。


「ああ、大丈夫だ。分かってる。テメェがそう簡単にくたばらねぇって事くらいな。たが、な…」


先程よりも二人の距離が近付き、額が、頬が擦り合わさった。


「時たま柄にも無く、無性に不安になるんだ。テメェに、もしもの事があるんじゃねぇかって…」


唇か触れ合うギリギリの距離で囁かれる。


「ーーーなぁ、俺が言いたい事、分かるか…?」


コクリ、と頷く。
今この瞬間に言葉なんて要らない。
彼はきっと確証が欲しいのだ。
私が“生きている”と言う確証が。そして同時に私に二度とこんな無茶をするなと訴え掛けている。

頷いたと同時に二人の唇が重なった。

彼にしては珍しく最初は触れるだけの労る様な優しいキスで、次第に食む様に何度も角度を変え、その存在を確かめるかの様に、上唇と下唇で啄ばまれた。
キスをしている筈なのに、その瞳を閉じる事は無く、そして視線も逸らさずに2人して見詰め合う。
何度目かの口付けの後、彼がヌルリッと舌を私の唇に這わせ、薄く開いた口内に押し入って来た事によって、その口付けは更に深いモノとなる。


「ん…っ」


オルタの舌が熱と唾液を含んで、乾き冷え切った私の舌と絡み合う。
口内から流し込まれてくる彼の純度の高い魔力にクラクラする。魔力不足のこの身体へのソレは酷く官能的で、倒錯的だった。


「ふっ…っんん」


白いカーテンと白い壁に囲われたこの空間で、2人の唾液の混ざり合う音と息遣い、衣擦れの音だけが聞こえる。この白い空間独特の所為なのか、まるで世界にたった2人だけになってしまったかの様な錯覚を覚えそうになる。
そんな事は有り得ないと思いながら、そうだったら良いのにと思ってしまう私が居る。
そうすれば、もう何も悩まずに済むから。
そうすれば、私はーーーー


「ーーーーっ」


口付けの合間、グイッと目元を乱暴に拭われた。
何事だと思い彼を見返すと、私の目元を拭ったその指を彼はまるで口付けをするかの様にネットリと舐めとった。


「な、な…っ」


上手く言葉が出ずに口をハクハクさせるだけになった私に、オルタが気が付いて、2人の唾液が付いた口元を拭い、その指を舐め取りながら、


「泣くな、勿体ねぇ…」


と、だけ言った。
勿体無いってこいつ…と思いながら、急に気恥ずかしさが私を襲い、上手く彼を見詰める事が出来なくなった。
俯きながら、私も口元を拭う。
指先に触れた己の頬は普段よりも熱い気がした。


「ーーーおい、もう良いぞ」

「?」


急にオルタがそう言うモノだから、何だろうと思い、彼の視線の先を見ると、其処には隅の方で小さくなり、真っ赤な顔で水の入ったコップを抱えたDr.ロマニが申し訳なさそうに立っていた。

私は声にならない悲鳴を上げる。

あんたはいつから気付いてたのよ!!!!!




 


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