牛島選手の追っかけを辞めたい。 | ナノ

07



あの日、わたしは朝まで飲んだくれて、知らない人にわんわん泣いて話して。朝起きたら財布もスマホも無くして自分の家にどうやって帰ってきたかの記憶も全くなくて。最悪の朝だったけど、今日より最悪の日なんて来ないと思ったら元気が出た。

財布はすぐ見つかったけど、スマホは見つからなかった。でもそれでよかった。もしかしたら自分でどこかに捨てたのかもしれない。若利くんが書いてくれたサインが書いてあるスマホケースも一緒に無くなったけど、それでよかった。

それから2年ほど経ち影山くんが結婚した、って話はどこかから聞いてたけど相手が一般人で学生時代からの付き合いがある人って聞いてたからまさか友人(影山夢主)ちゃんだなんて夢にも思っていなかったし、病院で真実を知った時は自分のことのように喜んでしまった。

友人(影山夢主)ちゃんはつわりが重い方だったので、少しでも力になれたらとしょっちゅう家に遊びに行くようにしていた。1人きりでしんどいのと、誰かいるのとでは全然違うって言ってくれてたので遠慮なく遊びに行っていた。

「それで資格も取ったんだ...!すごい、ほんっとにすごい」
「ありがとう〜!めちゃくちゃ大変だったけど、毎日飛雄くんが美味しそうにご飯食べてくれると幸せだなぁって思うよ」
「わたし、若利くんと結婚したいとか言ってたけどほんとなんも考えてなかったんだなぁって恥ずかしくなる」
「若い時なんてそんなもんだよ〜!」
「たった2年だけど、この2年社会に揉まれてわたしは大人になりました...」
「なまえちゃん最初尖ってたもんねぇ〜」
「え?!気付いてた?!」
「初めて話した日、わたしがもし牛島選手のファンだったらって考えると震えるくらいには威圧的だったよ」

友人(影山夢主)ちゃんが笑いながらそう言ってきて、恥ずかしくて消えてなくなりそうだった。あの時のわたしは本気で若利くんのことが好きだったし、若利くんが居なきゃ生きていけないって思ってたけど実際離れてみたら全然普通に生活できたし、彼氏も出来た。まあわたしの性格上、彼氏とはあまり長く続かなかったけど仕事は楽しいと思えた。

友人(影山夢主)ちゃんから、仙台まで一緒にきて欲しいと言われるまでもう一度アドラーズの試合を見る日が来るなんて夢にも思っていなかったし、若利くんともう会うことは金輪際ないって勝手に思い込んでいた。

「あ〜〜うん、いいよ!休みもぎ取る!」
「無理言ってごめんね?飛雄くんが1人だったら許してくれそうになくて...なまえちゃんきてくれたらわたしも安心だし嬉しい」
「任せて!」

友人(影山夢主)ちゃんには、何も言ってないし今後も言うつもりはない。優しい人なので、わたしが若利くんに振られたなんて知ったら多分自分の立場気にしてもう会ってくれなさそうだし。わたしも人に気を使われるのは嫌だ。

実際会場についてみたら、驚くほどに普通に楽しくて。普通に、試合を楽しみにしてる自分がいて。わたしバレーボールのこと好きになってたんだなとやっと気付いた。わたし達のことを知っている人も居なさそうで、久しぶりにわたしと友人(影山夢主)ちゃんは周りの目を気にすることなく心置きなくバレーボールを楽しんだ。若利くんが出てくるまでは心臓がはち切れそうで、でも会場に立っている若利くんを見たら何ふり構わず名前を叫んでいて。ああ、やっぱり好きだな。そう思ってしまった。

「ごめん!ありがとう!」

友人(影山夢主)ちゃんにそう言ってわたしは、会場を走る。走って、走って、若利くんの近くまで来て怖くなって足が固まってしまった。今更どのツラ下げて?そんな気持ちと、もし、忘れられてたらどうしようって怖くて動けなかった。まだ今なら若利くんに気付かれてない、引き返せる。そう思ってその場から離れようとすると声をかけられる。

「牛島、いつか絶対また来るって待ってたから行ってやれよ」
「い、のうえさん、」
「あいつはなまえさんのこと迷惑だなんて、一回も思ったことないよ。大丈夫だからちゃんと顔見せて来い」

井上さんに背中を押されて、というよりほぼ強制的に引っ張られ若利くんの前に放り出される。若利くんと話していた老夫婦がわたしに気付き順番を変わってくれる。

「なまえ...!」
「あ、えっと」
「また、会えると思っていた」
「今日も、格好良かった。ああ、バレーしてる若利くんのこと好きだったんだなぁって」

込み上げてくる涙は必死に抑える。2年経ってわたしだって大人になったんだから、これ以上若利くんの前で醜態を晒したくなかった。声が、震える。

「これからも、影ながら応援していい?」
「いや、」
「ごめん、嘘。もう来ないから安心して」

若利くんから否定の言葉が聞こえてすぐに訂正してその場を去ろうとするが、若利くんの手が許してくれない。

「応援するなら、堂々としてくれ。お前が応援してくれていると、俺は嬉しい」

目が、合う。微笑む若利くんが格好良すぎて目が眩みそうだった。

「そしてあの日は、すまなかった」
「それは、もういい。わたしスポーツ選手の恋人とか面倒臭そうだし、友人(影山夢主)ちゃん見てたら結婚なんてもっと大変そうだし。こうやって若利くんが活躍してるところ応援してるのが楽しいって気付いたから」
「そう、か」
「だから世界中どこにいても、応援してるよ」

涙は出なかった。心がスーッと晴れていくのがわかり、もう何も思い残すことはない。

「なまえ」

若利くんがもう一度私を引き止める。

「バレーは、好きか?」
「うん、若利くんのおかげで大好きになった!また来るね!」

初めて若利くんに嘘をつき、わたしはもう若利くんを追っかけることはなかった。さようなら、わたしの大好きだった人。


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