03
若利くんの、家に行くつもりだったのになぁと隣で寝ている若利くんの前髪を上げておでこにキスをする。結局あの後廊下で1回、ソファで1回、ベッドで1回と体力の限界まで抱き潰され気絶しそうになる。その後若利くんがお風呂に連れて行ってくれたがそこで最後にもう1回抱かれ完全に気を失ってしまい、気付けば若利くんも隣で寝てしまっていた。
「…す、まない」
「起こした?ごめんね?」
「俺こそ、少し酔っていたようだ」
「…知ってる」
「怒っているのか」
「怒ってないけど、やめてって言ったのに」
「なまえのやめて、はもっとだろう?」
「ばか」
おでこをくっつけたまま、そう呟くと若利くんがわたしの体を持ち上げ自分の上に乗せぎゅっと抱きしめてくる。暗がりだが、目が慣れてきて若利くんの表情がよく見える。優しい顔で見つめられて恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。
「なまえ」
「ん?」
「こっちを、見ろ」
低い声が体に刺さり、きゅんとしながらもう一度若利くんと目が合う。
「何か、聞いて欲しいことがあったのではないか」
「そうだよ?」
「お前はいつも聞いて欲しいことがあると、そんな顔をしていたな」
懐かしそうに目を細め、今度は若利くんがわたしの前髪を指で遊んでくる。いつのことを思い出してるのだろうか、そんなことは若利くんにしかわからないだろうけど。それでも、わたしは若利くんに会いにくる前に感じていた不安や心配事は綺麗さっぱり消え去っていて。なんで自分は肝心なところで若利くんを信用し切れていなかったんだろうと反省する。
なかなか話し出さないわたしを不思議に思ったのか、若利くんが先に話し出す。
「思えば、俺はなまえから好意を受け取るのに慣れていたからな」
「ん?」
「だから久しぶりに別の女性から好意を受け取って、不快だと感じた」
「気づいて、たんだ」
「なまえ以外からの好意が、不快だと初めて気付かされた」
若利くんのその言葉が嬉しくて、思わず抱きしめられていた体を起こし上から若利くんを見下ろす。下から若利くんの大きい手が伸びてきてキスをするように体を引き寄せられる。
「...結婚して」
唇が触れるか、触れないかその瞬間に思わず溢れた言葉に若利くんはもちろんわたしも驚いていた。
カチ、カチ、と時計の音だけが響く部屋に若利くんの息を飲む音が加わる。
時間はそんなに経ってないはずなのに、まるで時が止まってしまったかのような感覚に自分が言った言葉が何度も脳内でリフレインして恥ずかしくなる。
やっぱり、そんな都合がいいこと言って若利くん怒ったかなと不安になっていると若利くんの体がわたしごと起き上がって座ったまま抱きしめられる。
「ちょ、くるし...!」
「しよう。結婚、してくれ」
「わ、かとしく...」
大きい体にすっぽりと包み込まれ、視界は若利くんでいっぱいになる。熱い胸板に押しつぶされそうになりながらも必死に抱きしめ返すが若利くんの力が強すぎて本当に苦しくなってきた。でも、若利くんに好きだ結婚しようと言っていても相手にされなかったあの頃の胸の痛みに比べたらこんなもの、なんてこったない。