07
「なまえ、聞こえているか」
もう一度そう名前を呼ばれて、こくりと頷くと若利くんがマイクを握り直して話し出した。ああ、やっぱり見えてたんだ、なんてのんきに思っていたのは一瞬で。次の言葉でわたしの頭は真っ白になる。
「結婚してくれないか。いや、結婚しよう」
会場には悲鳴にも似た声がこだまして、わたしは何を言われたかわかっているのに言葉の意味はわかっているのに、頭が真っ白のまま何も考えられなかった。
「今日、お前に会いに行く。返事を聞かせてくれないか」
若利くんは会場の空気なんて知らん顔で、スタッフさんの焦りも知らん顔で、わたしのことだけをただただ見つめてそう言い放った。わたしが放心していると飛茉が横から「わかとしくん、なまえちゃんにおはなししてるよ?」と声をかけてくれてはっと我に帰った。
返事の代わりに頷いて見せると、若利くんは満足したのかもう一度会場の方たちにお礼を伝えマイクを返し控え室へと帰って行った。友人(影山夢主)ちゃん達が影山くんに会いに行くというので、一瞬迷ったけど待ってるのは性に合わないし、今までだってわたしがずっと若利くんに会いに行ってたんだから。と一緒についていくことにした。
「パパー!」
と、子供達が影山くんに抱きついたタイミングで友人(影山夢主)ちゃんがぐっと距離を詰めて小声で話してくる。
「ちょっと、どういうこと?」
「いや、わたしも何が何だか...」
「公開プロポーズされて、まさか断る気じゃないよね?」
「え、でも若利くんとわたしだよ?」
「いやいやいや、もう牛島選手がどれだけ真剣になまえちゃんのこと思ってるかはさっきのでわかったじゃない」
「そうだけど、ちょっといきなりすぎて頭回ってないって言うか...若利くんのことは今でも好きだけど、結婚できるかって言われたら正直無理だよ」
「それが返事なら、俺の望んだ返事ではないな」
2人で話していた背後にまさか若利くんがいると思わず、驚いて振り返る。
「待って、ほんとに」
「何をだ」
「若利くんちょっと暴走しすぎだって」
「お前がこうでもしないと逃げるからだろう」
「逃げないよ!」
「あの日、目を覚ました俺の気持ちがわかるか?」
そう言われ、わたしは口籠る。何も、言い返せなかった。
「やっと手に入った、そう思ったのにお前はそこからすぐにこぼれ落ちていく。欲しい、と思った時なまえはそこにいない」
若利くんは友人(影山夢主)ちゃんのことは全く目に入っていないようで、わたしの肩を掴んでぐっと抱き寄せられる。いや、ちょっと恥ずかしいから友人(影山夢主)ちゃん見てないであっち行って。お願い。
「ストップ!若利くん、ストップ!」
「離したら逃げるだろう」
「逃げないから、離れて」
「本当か」
「うん、約束する」
そう伝えると、若利くんはすっとわたしの身体を解放してくれた。「ほら、関係者の人とかなんかよく知らないけど挨拶とかあるんじゃないの?」と切り出すと苦い顔をした若利くんが「その通りだ」と返事をする。
「わたしまだ帰らないから、ちゃんと待ってるから」
「...ああ」
そう伝えると若利くんは控室から出て行き、わたしは体の力が一気に抜けてしまいへなへなとその場に座り込んだ。
「あんな若利くん、見たことないんだけど」
「...なまえちゃんが変えたんじゃない?」
そんな友人(影山夢主)ちゃんの都合の良い言葉は無視してしまおう。そして、わたしは若利くんの帰りを待つことにした。