03
「お前はあの日、世界中どこにいても、応援してるよと言ったはずだ」
「応援、してるよ?」
「なまえにとっての応援とは俺に会いにくることではないのか」
「はは、若利くんてば面白い冗談言えるようになったじゃん」
「冗談ではない」
重ねられた手が、指を絡めてくる。わたしはぎょっとして思わず手を引こうとするが若利くんに力で勝てるわけもなくされるがままに指を弄ばれていた。
「なぜ、来なかった」
「...言いたくない」
「俺に愛想が尽きたか」
「は?!そんなわけないじゃん」
恥ずかしさから下げていた視線を上げると、若利くんと目が合う。その顔は、真剣そのものでとても目を逸らしたり冗談を言える空気ではなかった。
「若利くんに振られてから、考えてたの」
「ああ」
「わたしは若利くんとどうなりたかったんだろう、って」
ぽつり、ぽつりと落としていく話を若利くんは優しい眼差しで一つずつ拾い上げてくれる。
「わたしにとって若利くんに会いに行って応援するのは、やっぱりどこか下心があって」
「下、心...」
「若利くんに今日も来てくれてる、そう思われたいだけだったの。だから、若利くんと特別な関係にならなくていいや、って思ったら会いに行く必要がなくなった」
「そうか」
「もちろんバレーをしてる若利くんが好きなのは変わってないし、生で試合も見たいけど仕事を無理矢理休んでまで休みの日に疲れてるのに無理して行かなくていいかなってなった。だって、ただ応援するだけならスマホでいいじゃん」
若利くんにハッキリそう告げると、少し悲しそうなそんな顔に見えた。きっとわたしの都合のいい勘違いだろうけど。
「でも俺は、なまえに見て欲しい」
「、なんで?」
「試合に勝った時、お前の笑顔を見るのが好きだったからだ」
「...!」
「試合してるわけでもないのに、あんなに嬉しそうに笑ってるなまえの顔を見るのが、俺は好きだったとわかった」
真っ直ぐそう告げられわたしは背筋がピンと伸びる思いだった。これは、わたしもしかして、今若利くんにそういうことを言われてるの?何、告白されてるってこと?
そう自覚すると一瞬で顔に熱が集まるのがわかり、お酒のせいもあるが顔が真っ赤に染まる。
「やっと気が付いたんだが、俺はなまえのことが好きだ。結婚を前提に付き合って欲しい」
「...へ、?」
自分の頭の中で想像するのと、実際に若利くんから言われるのとではインパクトが雲泥の差で間抜けな声しか出ない。
「ポーランドへ、着いてきてくれないか」
真剣な眼差しでそう言われ、わたしはとうとう目を逸らした。
「若利くんはさ、今までわたしが好き好きって言ってたのに急に来なくなったから寂しいだけだよ」
「いや、違う」
「違わないよ。だってわたし達、お互いのこと何も知らないんだよ?」
「...それは、そうだが」
「そんな状態で結婚を前提なんておかしいよ」
「これから、知っていけばいい」
若利くんの手を解き、首を横に振る。
「今わたし、日本を離れられない。仕事だって楽しいし、これからどんどん責任も増える」
「...」
「若利くんに恋することに恋してた、あの時のわたしはもういないんだよ」
そう言って勢いよく立ち上がると、いっきに酔いが回ってふらつく。そんなわたしを若利くんが支えてくれて、そのまま抱きしめられる。
「だめだって、」
その後の言葉は若利くんに奪われ、わたしはただでさえ頭がふわふわしていたのに追い討ちをかけられ酸欠で倒れそうだった。