1 飲食店を経営する知人に頼まれて、オレは三日間だけ店のホールを手伝う事になった。 店の名前は「アルケミスト」。約束の日、店に着いたオレに手渡されたのはボーイの黒服でも厨房のエプロンでもなく、やけに深いスリットの入った赤いサテンのロングドレスだった。 「遂にボケたのか、増田」 この店のキャバ嬢二人に身体中を弄ばれながら、オレは殺意を込めて増田を睨んだ。 増田英雄はオレが昔バイトしていたレストランのオーナーで、バイトを辞めてからも何かとオレが世話して世話して、時々ほんの少しだけコイツの世話になったりする駄目な中年だ。オレにここのバイトを振った張本人でもある。こいつは喫茶店から水商売まで幾つかの店を経営していて、このアルケミストも増田が経営しているキャバの店のひとつで、頼まれて何度か手伝いに入った事がある。勿論、厨房やボーイとして。 「麗しい。とは言うまいが、いやいや、なかなか様になっているじゃないか」 オレの睨みなど気にもかけず、嫌みったらしい中年は嫌みったらしい顔で笑っている。オレを弄び回している嬢達はオレの苦痛など気にもかけず、髪を弄ったりファンデーションを塗ったりチークを叩いたりリップを塗ったりしている。 「きゃ〜、エドワードくんドレス似合う〜」 「腰細い〜うらやまし〜」 そう、バイトに呼ばれたオレは黒服でもエプロンでもなく、嬢が纏うドレスを着せられているのだ。 何故だ。 「嬢のバイトなんて聞いてねえぞ!」 「私はホールとも厨房とも言ってない」 「そうだけど!」 無駄とは思いつつ悪足掻きをしたら、やっぱり無駄だった。 念のために言っておくが、オレは女顔でもニューハーフでも女装家でもない。結構ガッチリ系だと思うし、ドレス着て化粧したところで、例え相手が酔っ払いでもオレを女と間違える奴はまずいないだろう。 現に、姿見に映るオレの姿は泥酔客の酔いも冷めるレベルだ。オレの若さに嫉妬でもしているのか、笑い物にしようとする卑劣な増田に憤慨するオレだったんだが、 「オ〜ナ〜、エドワードくんのブラはどうします〜?Cカップ?それとも思いきってFカップ〜?」 着せかえ人形よろしくオレを弄り倒す嬢の手にブラジャーがあった時には、迂闊にも少しだけ興奮してしまった。 白いリボンやフリルで装飾された淡い水色の可愛らしいCカップのブラと、黒いレースに黒いサテンがなんかエロいFカップのブラを持つ嬢を直視できず、オレは目を逸らした。ブラの造形をはっきり確認できる程度にはじっくり凝視したが。 「そこはFに決まっているだろう!FカップのFはファンタスティックのFだ!」 凛と声を張った増田を無視してブラを突き付けてくる嬢を、オレは泡食って押し止めたが、Fカップブラの迫力の大きさに内心すげーデケーこれがFカップ…と感動していた。 「エドワードくんはどっちがいい〜?」 「え、いや、つかブラ着けなきゃ駄目なのかよ」 「だ〜め〜」 結局、オレはFカップを選んだ。 いざ開店してみたら、女装したオレにあちらこちらのテーブルから指名が入った。そりゃブラと胸板の隙間にメロンパン詰めた男がフロア回ってたら引っ張りだこだよな。笑い物として。 しかし指名料のバックだけでもかなり稼げそうな人気振りだったので、オレは道化に徹して接客した。接客すると言っても、オレがやる事は客の隣に座って酒を作り、ブラからはみ出したメロンパンを千切って「おつまみでーす(笑)」と客に渡すという馬鹿げた所業だったのだが、何故だかそれが客には大好評だった。そしてメロンパンは何故だか嬢にも大好評で、客と一緒になってオレのパット替わりのメロンパンを欲しがっていた。なんだこの今日に限って全国のメロンパン好きが集まったような有り様は。一通りメロンパンを千切って配り終わってフロアを見回すと、客も嬢もなんだか幸せそうな顔をしてオレのメロンパンを頬張っていた。なんだこの店は。もしかして今日は「第○回全国メロンパン愛好家親睦会」なのか本当に。 そうこうしているうちに黒服がオレの元にやって来て、一旦事務所に戻るようにと耳打ちしていった。漸くこの惨劇から解放されるのか。そう思って足早に事務所へと戻ると、偉そうにふんぞり返った増田が待っていた。 「今からうちのお得意様が見える。上客中の上客だから粗相のないようにな。」 そう言って、増田はオレに新たなメロンパンをふたつ差し出した。 上客中の上客にメロンパン詰めたキャバ男が付く事自体、とんでもない粗相だと思うんだが。 もう突っ込む事にも疲れて、オレは増田から渡されたメロンパンを無言でブラに詰め込んだ。 ←text top |