nearly equal

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揚羽蝶は華に縛られ1

「緊縛師?」

聞き慣れない言葉にエドワードは眉を顰めた。
怪訝な顔をするエドワードの額を「勉強不足だぞ」と叩いたヒューズは、数冊のグラビア本を差し出す。

「新鋭だけどなかなか人気の緊縛師でな。前にウチで出した本、半年で3万部売れた。今回は続編って事で話を通してあるから」

渡された本をパラパラと捲ると、麻縄で縛り上げられた女性のグラビアが目に飛び込んでくる。

「SMかよ…」
「ま、修業だと思って行って来いよ。このセンセイ、優しいので有名だし、仕事自体は楽だと思うぜ?」

このテの写真集で三万部売上たなら大ヒットだ。人気作家の作品となればギャラも期待出来るだろう。
ヒューズの言葉に溜め息混じりに頷いて、エドワードはバックを抱え直した。

エドワードは駆け出しのカメラマンだ。

風景写真を専門にフリーで活動していたが、最近は限界を感じ、知人の編集者のヒューズに相談したところ人物写真への転向を勧められた。
正直迷っていたのだが、そこに今回の仕事のオファーが入った。

「オレ、ノーマルなんだけど…」
「お前が縛られる訳じゃないんだから。打ち合わせ、今日の午後からな。コレ住所」
「うぇ〜…」

ヒューズからメモを渋々受け取りグラビアと交互に眺め、エドワードは溜め息を吐いた。

SMの知識も興味もないエドワードは、緊縛師などと言われると脂ぎったエロ親父しか想像出来ない。
生理的に受け付けられない相手だったらイヤだなと思いながら、エドワードは編集部を後にした。


断ってもよかったが、折角ヒューズが回してくれた仕事だし、生活費も稼ぎたい。
ともあれ早く終わらせてしまおうと、エドワードはメモに書かれた住所に向かう事にした。







.
閑静な住宅街の一角、デザイナー物件だと一目でわかるお洒落な一戸建てが、件の緊縛師のアトリエ兼自宅のようだった。

三脚やレフ板の入った重いバックを抱え直して、ただの打ち合わせならカメラは編集部に置いて来れば良かったと後悔しつつ、エドワードはチャイムを鳴らす。

『はい、どちら様?』
「…写真集の打ち合わせに伺いました、鋼出版の者です」

インターホンから聞こえた声が若い男性のものだったので、見習いがいるのかと少し安堵する。

程なく家の中からバタバタと賑やかな足音が聞こえ、玄関が開けられた。

「すみません、インターホンの調子が悪くて!」

ドアから顔を覗かせたのは二十歳そこそこといった風貌の青年だった。
青年は、エドワードを見てはにかむように笑った。エドワードのそれより少し濃い色の金髪と金瞳。身長はエドワードより随分高く、シャツの上からでも鍛えられているのが分かる均整のとれた肢体に、エドワードは思わず息を飲む。
青年は見習いではなく、どうやらモデルのようだ。

「へ?いえ…」

調子悪かったのか?とエドワードが改めて挨拶しようとすると、青年はわたわたしながらエドワードを家の中に通した。

「玄関じゃなんだから、入って」
「はぁ…」

引きずられるように家に通され、20畳はありそうな広い部屋に放り込まれたエドワードは、取り敢えず荷物を壁際に下ろし部屋を見回した。

部屋の半面は総鏡張り。壁だけではなく、天井から床まで鏡が貼られ、ポカンとした自分のマヌケ面が写っていた。

鏡張りではない方の壁にはエロ本などで見た事のある、日常生活には全く必要性のない道具が所狭しと吊られている。

ここがアトリエだろうかとキョロキョロしていると、いつの間に淹れてきたのかコーヒーをふたつ持った先程の青年がエドワードの背後に立っていた。

「ぅおっ!」
「あ、驚かしてゴメンね。なんか僕、意識しないと気配が消えちゃうらしくて」

変な特技を持った青年に促され、エドワードはソファーに腰を下ろした。
見ないようにしていても視界に入ってくる革製の拘束具達を忘れようと、エドワードは頂きますと断ってコーヒーに口を付けた。
ちらりと目をやれば、青年は立ったままコーヒーの入ったカップに口を付け、エドワードの持ち込んだバックを見つめている。

「随分と大きなバックだね」
「あ、道具一式入ってるんで」

エドワードが答えると、青年は目を丸くして感嘆の声を上げた。

「凄いね、重かったでしょう?」
「や、慣れてるから…」

親しげに話かけてくる青年に、エドワードもつられて砕けた口調になる。
見たところ歳はそれ程変わらなそうだし、とエドワードが考えている所に、青年が思い出したように名刺を突き出してくる。

受け取った名刺の肩書きを読み、エドワードは思わずゴシゴシと目を擦った。
しかし何度読み返しても、同じ三文字の漢字が並んでいる。

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