華は揚羽蝶に溶かされ1 とろけるような甘いかおり。 僕を溶かすのはきみ。まるで蜜を欲しがる蝶々みたいに、僕の中を掻き乱す。 「あっ、あ、っ……!」 身じろぐ度に身体を拘束している赤い荒縄がギチギチと音をたてるが、それ程きつく縛られている訳ではない。 食い込んだ部分が擦れて、それがまたマゾの被虐を煽って一段と興奮させる要素なのだと最近になって気付いた。 「こんなにされて、大喜びして……本当にいやらしい子だね」 「ゃだ、見ないで…」 「見られてないと寂しいでしょう?本当は皆に見てもらいたいよね?このまま外に行って、君の恥ずかしい格好を見てもらおうか」 「ぁあん、いや、恥ずかしい…」 壁を叩いていた右手の指がいつの間にか軍艦マーチのリズムを奏でていたのに気付いて、エドワードは溜め息を吐いて右手を握り締めた。 エドワードは緊縛師、アルフォンス・エルリックの専属カメラマンだ。 元々は風景写真を専門に撮っていたのだが、半年ほど前に知人の編集者から依頼を受けて、アルフォンスの緊縛写真集の撮影をしたのがきっかけで、紆余曲折を経てアルフォンス専属のカメラマンになった。 今日はSMクラブで行われるイベント用のパネルを撮る予定で、エドワードはアルフォンスのスタジオを訪れている。 エドワードがスタジオ入りしてから既に一時間が過ぎていた。いつもならとっくに型が決まって撮影に入っている頃なのに、今日はなかなか型が決まらないらしい。モデルの表情も固く緊張が解れなかったせいもあり、アルフォンスにしては珍しく苦戦しているようだった。 (オレの事はあんなにぱぱっと縛り上げるくせに…) エドワードは苛々とシャツの胸ポケットから煙草を取り出した。 エドワードとアルフォンスは、仕事ではアーティストとカメラマンの関係だ。しかし、ふたりはSM上ではパートナー、アルフォンスがS、サディストで、エドワードがM、マゾヒストの関係。つまり恋人同士だった。 元からサディストとしての認識を持って緊縛師をしていたアルフォンスと違い、エドワードはアルフォンスと出逢うまで、自分の性癖はノーマルだと信じて疑わなかった。そんなふたりがパートナーになるまでには色々と紆余曲折…七転八倒くらいの長い過程があった訳なのだが。 「エド、スタジオは禁煙!」 「うっせぇ!後でファブリーズしといてやる!」 エドワードが煙草をくわえたのを目敏く見つけたアルフォンスの声にも、苛々を募らせてしまう。 今は仕事中だというのもあるが、エドワードとアルフォンスが恋人同士になってから、エドワードは三日と置かず縛られて調教されているというのに、エドワードはSMの主従関係と云う物に嵌りきれていなかった。 アルフォンスに見せつけるように紫煙を吐き出しても、エドワードの苛々は収まらない。 エドワード自身にも分かっている。苛々の原因は単なるヤキモチだ。 モデルを和ませていい表情を引き出す為に、アルフォンスがちょっとしたプレイのような言葉をかけるのはいつもの事。それでモデルが本当に逝って失神までした時は多少驚きはしたものの、エドワードも最初は何とも思わなかった。 しかし最近ではそれが許せない。苛々して仕方なくなる。 ヤキモチなのだ。単なるヤキモチなのだが、だからこそアルフォンスには苛々の原因が言えない。 仮にもエドワードの方がアルフォンスより一歳年上なのに、自分以外の奴を縛っているのが面白くないなんて子供のような我が儘は言えない。こんな時に邪魔になるプライドなら、エドワードは山より高い立派なヤツを常備している。 (くそ、ムカつく…) しかし仕事は仕事だ。モデルの表情もだいぶ柔らかくなってきた。煙草をもみ消し、そろそろイケるだろうと踏んでカメラの準備を始めると、案の定アルフォンスからゴーサインが下りる。 「これでいい。お願いします」 「じゃあポラ撮りするから、さがってろ」 アルフォンスが壁際まで下がり、今度はエドワードがモデルの前に立った。 「視線をこっちに…そう、もっと上体倒してみて」 あれこれと指示を出しながら、シャッターを切っていく。淡々と仕事をこなしていくエドワードの背中をアルフォンスが見つめていたが、エドワードは気付かない。 結局この日はポラロイドで簡単な撮影をするだけに留まり、翌日に再度撮影をする事にして、モデルを帰す事になった。 ←text top |