nearly equal

(http://nanos.jp/nearlyequa1/)

newmain1/2memo


サーカスの後で1

街はカーニバル一色にお祭りづいて、メインストリートには会場となる中央広場から延々と屋台が建ち並んだ。賑やかなその様子に当てられた子供らは喜声をあげて通りを駆けていく。広場には真っ赤で巨大なテントも張られた。夜になれば有名なサーカス一座がここで興行すると聞いた。

熱気に沸く街の雰囲気の中で、アルフォンスは大きな溜め息をひとつ吐いて俯く。
重い足取りで歩いていたら、駆け回っていた子供達にぶつかりそうになって慌てて道を譲ったが、子供から邪魔だと罵声を浴びせられてしまい、気分は益々地に落ちた。

広場の中心の噴水の縁に座り込んで、もう一度溜め息を吐く。

この日は街を挙げての祭が開催されていた。
街中が滅多にない活気を帯びて盛り上がるなかで、アルフォンスはひとり、なんとも言えない倦怠感と無情に打ち拉がれている。アルフォンスがこの祭の出資者側の人間であるにも関わらず、だ。

東部の街で銀行家の家系に生まれたアルフォンス・エルリックは、それなりに裕福で恵まれた家庭に育った。エルリック家は幾つかの事業を起こしてそれを成功させていたので、それなりなどと云うのは謙遜しすぎなくらい、つまりアルフォンスは大富豪と呼べる程の資産家の子息だったのだが、小さな街で生まれ育った本人にはそれほど金持ちだという自覚はなかった。
アルフォンスの認識はさて置き、街中が歓喜に沸いているような楽しい楽しい祭の日にアルフォンスがひとり密かに沈んでいるには訳があった。

二十歳を迎えたアルフォンスに、縁談が持ち上がったのは先月の事。
今までも良家の令嬢や資産家の子女との縁談はいくつかあったが、アルフォンスにはその気がなかったので流れていた。しかし今回持ち込まれた縁談は、アルフォンスの両親と懇意にしている人物が持ってきた話で、無碍に断る事もできない。
今までアルフォンスの結婚について何も言わずにいた両親も、アルフォンスも成人したのだからそろそろ、と何故か乗り気になっていた。遠回しに断ろうとしても、会うだけでも会いなさいと受け付けてくれない。渋っているうちにアルフォンス抜きで話が進んでいたらしく、今年の祭には先方が祭見物に見えられるので縁談相手の令嬢と会うように、と今朝になって唐突に伝えられたのだった。

堪らない、とアルフォンスは頭を抱えた。

会った事もない女性と結婚など、アルフォンスには到底出来そうにない荒業だった。
アルフォンスとて健全な肉体と精神を持つ立派な成人男性だ。今は恋人と呼べる相手は特にいないけれど、過去に深い仲になった女性だっていた。しかし今は徐々に任されるようになった仕事が面白くてしかたないので、女性相手に割く時間が惜しい――それがアルフォンスの本音だった。
話しぶりからしても、両親は相手方をひどく気に入っているようだった。こうなるとこの縁談を断る事によって、アルフォンスの家族間にも妙なわだかまりができかねない。そう急いで結婚などと言わず、婚約という形で問題を先送りにする事もできるだろうが、未だ勉強中で多忙の身のアルフォンスには婚約者の為に割く時間はない。作ろうと思えば時間は作れるかもしれないが、その時間が勿体無い。食事もデートもできない婚約者を容認できる女性が果たしてこの世に存在するだろうか。色々と屁理屈をこねてみるが、要はアルフォンス自身がまだ結婚によって縛られたくないだけなのだった。


噴水の縁に座り、沈み込むアルフォンスの前を花売り娘達が通り過ぎる。次いでサーカスの呼び込みと思しき道化師が、風船を配りながら軽快な足どりで踊り、それを追い掛ける子供達が駆けていく。
アルフォンスもまた風船が欲しかった。あの風船を両手一杯に握り締めて、どこかに飛んで行ってしまいたい気分。




「――あ!」

子供の甲高い声に驚いて顔を上げると、憎々しい程よく晴れた青空に、赤い風船が飛び上がっていくのが見えた。
風船を貰った子供が思わず手を離してしまったのだろう。悲鳴のような声を上げる子供とそれを囃したてる他の子供達。次の瞬間、アルフォンスの喉から嘆息が漏れたのは、ひとりの青年が高く飛び上がって飛んでいこうとする風船を捕まえたからだった。

それは映画やドラマではたまに観るシーンだったが、現実に目にしたのは勿論初めてだった。
だから、印象としてアルフォンスの心に強烈に焼き付いた。
驚くほど高く飛んだバネのような動きも、猫のように着地した軽やかな身体も、一部始終を見ていた周囲からの喝采に、皮肉めいた笑みを浮かべた薄い唇も、その人の首筋から背中を彩る鮮やかな金色の髪も、全てが忘れる事など不可能なほど色鮮やかにアルフォンスの記憶に焼き付いてしまったのだ。






− next

←text top































人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -