ヴェルゴに名前が逃げ出したことを伝えたあと、海軍が名前を捕らえたと言う連絡は来なかった。同時に、名前を見つけたと言う部下からの連絡もない。
およそ何もできないとばかり思っていたが、なかなかのしたたかさを秘めていたらしい。

――とある罪に問われ“処分”された一族の生き残りを捜せ

定例会議でセンゴクが言った言葉を思い出し、ふっと笑いがこぼれる。
何もできないわけがない。
おれが拾うまで、名前は海軍大将の目を欺き生き長らえていたのだから。おれに拾われたのは、存外あいつの気まぐれだったのかも知れない。


「若様!」


突然弾けるような声とともにドアが乱暴に開いた。勢いよく部屋に飛び込んできたのはベビー5だった。


「ずいぶん騒がしいな。どうした」

「名前が! 名前が見つかったの!!」

「! ……そうか。場所は」


息を切らせたままのベビー5が手にしていた紙をおれに差し出す。
それはドレスローザからそれなりに距離のある島の地図だった。岬の名前の隣に、矢印と名前の文字がある。十分、空の道で行ける場所だ。


「すぐ船を、」

「必要ない。おれが行く。少し空けると皆に伝えておけ」

「! た、頼まれた?! 任せて、ちゃんと伝えるわ!!」


再び慌ただしく部屋を出て行くベビー5を見送ったあと、おれはコートを肩にかけ、窓の外へ飛んだ。



地図にあった岬は空からほどなく見つかり、そこにそびえる古びた崩れかけの灯台が目を引いた。身を隠すにはよさそうな廃墟だ。
生い茂る草のうえに降り立つと、やわらかな風が頬を撫でた。そのなかにわずか、覚えのある香りが混じっている。灯台の傍で白い花をつけた茂みが震えていた。

にやりと上がる口角をそのままに、おれは静かに待った。


「……」


どのくらい佇んでいたのか、やがて、震える茂みの陰から、最後に見たときより少し窶れた名前が姿を見せた。
怯えたような、揺らぐ視線がおれに注がれる。


「よォ。ずいぶん捜したぜ、名前」


近付くことはしなかった。距離を置いたまま、少し迷って、名前が口を開く。


『…わがまま、聞いてくれたんじゃなかったの』

「情報を握り潰せってやつか? それとも逃げることを許せってやつか? どっちも聞いてやったじゃねェか」

『じゃあなぜここに、』

「これはおれの“わがまま”さ」

『ドフィの…?』


訝った名前の胸の前で組まれた手が、落ち着かなげに指を掴んでは離し、離しては掴むのを繰り返していた。
おれは懐にしまっていた例の写真を取り出し、名前に見せるよう突き出した。


「このガキはおまえだな?」

『っ、やっぱり、私を、捕らえに来たの…?! それがあなたのわがまま…?!』

「フフッ、落ち着けよ。そうじゃねェ」


また逃げ出しそうな名前の足を糸で絡めて、やっと距離を詰める。あやすように髪を撫でてやれば、いくらか落ち着いたらしい名前の身体からこわばりが消えるのがわかった。可愛い奴だ。


「単なる確認だよ。おまえを隠すなら、それなりの情報がいる」

『うそ…そんなの、うそ…』


おれの手から逃げるように顔を背けた名前。その目からは涙がこぼれていた。


『わがままを許して…私のことを知ったあなたの傍にはいられない…』

「それがおれから逃げた理由か」


小さな頭がわずかに上下した。問いかけの答えを得たにも関わらず、なぜか、腑に落ちなかった。彼女が逃げたのは、おれが秘密を知ったから。それだけではない気がした。
一度気になれば問わぬことはできない。


「嘘を言ってんのはおまえのほうだ。これ以上秘密はなしにしようぜ、名前」


頬に手を添えこちらを向かせる。大きな瞳からはとめどなく涙があふれていた。濡れた瞳を射抜くよう見つめ続ける。すると、瞼や唇、吐息までもを震わせて、名前が観念したようにおれの手に華奢な手を重ねた。


『あなたに、捨てられたく、なかった』


手に落ちたぬるい雫と向けられた縋るような視線に背筋がぞくりとした。

――ドフィに拾われてから、私はとても幸せだった。私の秘密を知らないからあんなに優しくしてくれたんだろうけど、私は嬉しかった。でもドフィは秘密を知ってしまったでしょう。そのときふと、海軍に追われている自分の存在の危うさを思い出したの


『ドフィのすべてを奪うかも知れない自分が、今更怖くなった』

「……」

『それ以上に…おまえなんか傍に置くんじゃなかったって…あなたにそう言われるのが、怖く、なった』


だから自分から離れるしかなかったの。そう言って名前はいっそう泣きじゃくった。
曝け出された心のうちの秘め事に、一瞬、放心する。おれを裏切ったわけじゃなかった。おれを利用したわけじゃなかった。ただ、おれに縋りたくて、でもそれができなくて、逃げることしかできなかった。なんて陳腐な喜劇だろうか。


「フッフッフッ…ああ、気分がいい」

『…?』


涙でぐしゃぐしゃの顔をしかめて、かすかに首を傾げる名前を抱き締める。


『ドフィ…?』

「おまえを逃がしてはやらねェ。が、海軍に引き渡すこともしねェ」

『っ、だからそれは、』


名前が腕のなかで身じろぐのを押え込んで、額に唇を寄せた。


「おまえの意見は聞かねえよ。さっき言ったろう? これはおれの“わがまま”だ」


全部飲み込んで逃げ遂せようとした彼女の秘密を吐かせた責任は取らねばなるまい。
未だ不安げに身体を震わす名前をかかえたまま、おれは空へ飛びあがった。
今更秘め事のひとつやふたつ増えたところで、何も変わりはしない。

暴かれた秘密
title by Dさま


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